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非凡レール案内


Another やまっつぁん小説


 短編小説一くくりからついに昇格、「非凡レール」!

 今回イラストは友人えりー氏に描いてもらい、新鮮な感じでいきますぜ!


 まず、あらすじ!



 平凡な大学生活を送っていた主人公。

 しかし、ある日彼の元に不気味な男がやってくる。

 その男になにやらうまいこと丸め込まれ、主人公の彼は新たな生活への一歩を踏み出した。

 だが、彼が踏み出した先は非凡なレールの上だった……。



 というような感じですな!

 さぁ、あらすじ、イラストに描かれているキャラなどに興味を持った方!

 早速小説本編へGO!



・1話


 前編


 後編


・2話


 第1部


 第2部

 

 第3部


 第4部


・3話


 第1部


 第2部


 第3部






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非凡レール 3話 3

「普段あの店長はどうやって店を切り盛りしているんだ?」
 俺は手に烏丸氏に届ける品の入った袋をぶら下げ、とろわに聞いた。
「あぁ、今日は朝の結構早い時間からあんがきたから、透明なままじっとしていたみたいだが、普段だったら普通の人の姿に化けて店をやっている。あの人はメイクなら何でもできるらしい」
 どうも赤っ鼻店長は服を着て、肌が見える部分には肌色の粉をつけて、生きた人間らしい肌を作り上げ、顔も自分で色を塗り、生きた人間のように細かい部分を描くらしい。
 特殊メイクなども得意で、たまにどこかへ出かけていき、メイクについて学校で教えたりもしているとか。
「でも、普通の人間でも知っている人は彼の正体を知っているんだ」
「ふーん」
 ちなみにあんはまだしばらくバイトをするそうだ。
 俺たちが店を出る時新しいお客がやってきていたし、彼女はもうしばらく働くのだろう。
「お使いもした事だし、宿に帰ったらお駄賃がもらえるかも」
「何がお駄賃だ。ちびっ子じゃあるまいし」

 :

 宿に帰ると、屋根の上には烏丸氏の姿はなかった。
 まぁ、俺達がここを出てから今の時間まで外にいては、いくら天狗とはいえ熱中症になるだろう。
 迎えてくれたのは蚊ばかりだった。
 涼しい顔で悠々と歩くとろわを後目に俺は足踏みをしながら腕をさする。
 まるで冬場みたいな動きだな、と俺は思いながら建物の中に駆け込んだ。
 屋内もやはりあまり涼しくない。
 とりあえず居間を覗きに行ってみる。
 そこには烏丸氏の姿はなく、案の定韓流ドラマに夢中の狐と着物姿の女の子の姿があった。
 俺は邪魔をしないよう、静かに部屋の前を通り過ぎる。
 とろわはその後ろをゆっくりとした足取りでついてきた。
 烏丸氏はきっと自分の部屋にいるのだろう、と考え俺は廊下の奥に進んだ。
 そしてある一室の前に止まり声を掛ける。
 「ほーい」という返事があった。
 中に入れば団扇片手に本を読む烏丸氏の姿が。
「頼まれたものを買ってきたぞ」
 袋を差し出すと、烏丸氏はゆったりと立ち上がりそれを受け取った。
 にっこりとうれしそうな顔をする。
 そして袋の中から、一つ茶色い紙袋を取り出した。
 香ばしい匂いのするそれは、中に何かパンのような食べものが入っているようで、それが烏丸氏の”いつもの”である。
「ワインは冷やしてもらっていてくれ」
 烏丸氏は残るワインの入った袋を差し出す。
 俺が受け取ろうとすると横から手が伸びてきて、それが袋を受け取った。
「僕が行ってくる」
 にこり、と笑うと奴はそそくさと部屋を出ていった。
 何を考えているかさっぱり分からん。
 また陰で何かこそこそやる気か?
「あまり疑い深くならなくていい、彼はいい奴だから」
 いきなり烏丸氏が口を開いた。
 視線を彼の方へ戻すと、いつの間にか畳へ座っている。
「君も座りたまえ」と言うものだから、俺もとりあえず畳の上に落ち着いた。
「頼みごとをしてきてくれたお礼をあげよう」
 素直に座った俺を満足そうに見た後、烏丸氏は立ち上がった。
 部屋に最初から置いてあった桐箪笥をあけるとなにやらごそごそとあさり始める。
 その様子はまるでずっと前からその箪笥を使っていたようであった。
「これがいいかな」としばらく引き出しの中をかき回していた手を止め、彼は言った。
 何をくれるのか、と彼の手を見ると、なにやら金に光るものが見える。
 何か高価なものか?と少し期待した。
 が、彼が俺の目の前ではっきりと見せてくれたそれはとても高価なものに見えなかった。
 それは招き猫である。
 金ぴかに塗られてはいるが、顔は何とも気が抜けており、ちびっ子の落書きのよう。
 腹に大きく”招”と書かれており、両手をあげている。
「招き猫は始まったばかりのこの民宿にはぴったりじゃないか」と彼は言うが、この招き猫をもっとちゃんと見てみたまえ。
 落書きのようなデザイン、覇気のない顔、御利益のありそうな感じ0ではないか。
 俺は思いきり不服であったが烏丸氏はにこにこと笑う。
「効果のほどは保証しておく。きっといろんな者がここには集まるだろう」

 :

 俺は手のひらサイズのみょうちくりんな招き猫を抱え途方に暮れた。
 せっかくもらったのだから、どこかその辺に投げておくわけにはいかない。
 しかし自分の部屋のインテリアにするにもどうかと思う。
 よくよくみればなかなか愛嬌のある顔をしているし、これは店の玄関にでも飾っておこうか。
 俺はそう考え、廊下を歩いた。
 すると前方からとろわが歩いてくる。
「おや、何かもらったんだ」と興味があるのかないのかよく分からない顔で言ってきた。
 そしてとろわは俺が手に握った招き猫を一別すると「なかなかおもしろそうじゃないか、よかったね」とちっともよくなさそうな声で言い、居間へと入っていった。
 俺は何ともいえないもの悲しい気分になる。
 何となく招き猫に悪い気がしてきた。  
 もしこの招き猫が本当に効果を持っていたらあまり悪いことを言うべきでない。
 とりあえずはこいつの力を見てみようではないか。
 玄関に行き、俺は靴箱の上に招き猫を置いた。
 お客さんの目に付く場所である。
 これが気になって入ってくる人はいないだろうが、招き猫は玄関先に置くのがよかろう。
 早速猫を安置し、角度を気にいる方向に調整する。
 すると、がら、と玄関の網戸が開いた。
 見れば、猫がいる。
 全体的に白い毛で覆われているが、足の先や顔の真ん中の毛は茶色い。
 そういえば足の先の毛の色が違うのは長靴とかって呼ばれてたな、なんて思いながら猫を見た。
 びっくりするほど明るい水色の瞳をしており、何とも神秘的である。
 網戸を引っかいたりもせず、悠々と落ち着いている猫に驚きつつも、ふかふかしているもの全般が好きな俺は、つっかけを引っかけ、猫に近づいた。
 猫は壁に体をすり付けつつ、玄関内に入ってくる。
 人に慣れているようで、少し触らせてもらおうと、俺はぺちぺちと手を叩いた。
 すると猫はするりと中に入ってくる。
 そしてしなやかに揺れながら現れたしっぽを見、俺は驚愕した。
 先が二つに分かれているではないか!
 驚きのあまり動けない俺を後目に、猫は開けた戸を器用に閉めた。
 改めて俺の方に向き直った猫は口を開く。
「泊まる所を探している」
 その声は猫にあるまじき低さである。
 のほほんとそんな俺達を見下ろす招き猫は、新たな客として 化け猫を招いたのであった。

非凡レール 3話 2

 口喧嘩をしている間に俺達は目指していた赤っ鼻へと到着した。
 結局俺はとろわに言いくるめられ修行を続行するような方向に話は進行している。
 こうなれば宿に帰って本人に直談判する他なさそうだ。
 店に入ると、レジカウンターの上の置物が妙に目に付いた。
 透明なカラスの置物である。
 それはガラスでできているように見えた。 
 なぜカラス?
 俺は首を傾げつつも店内を見渡すと、二人組の女性客が席を立つところだった。
 彼女らの他に客はいない。
 客どころか人がいない。
 ゆったりとしたピアノ曲が流れているだけだ。
「お帰りですか?」
 しかし不意に声がした。
 女性客のものではない。
 辺りを見回すといつの間にか一人女の子のウエイターがレジに立っていた。
「いつの間に?」
 俺は思わず呟く。
 するとウエイターは俺達に向かってにこりと微笑んだ。
 そこで俺はとある小説を思い出す。
 その話はある喫茶店に勤める女性ウエーターが飲み物に、砒素だったかいう毒を少しずついれ、ゆっくりと人を殺す、というもの。
 常連客を狙ったもので、その殺人方法が印象に残っていたが、その動機などはちっとも頭に残っていない。
 そしてこの話を唐突に思い出したのは、この喫茶店と俺の前にいるウエイターの見た目が、その小説の中のイメージと酷似しているからだ。
 しかしその本の名前すらも今は忘れてしまった。
 あの話はいつどこで読んだのだっけ。 
 ぼんやりと過去を振り返っていると、不意にとろわが腕を引っ張った。
「何をぼんやりしているんだい、人が通れないだろう」
 気づけば、さっきの女性客の邪魔になっていた。
 俺は出入り口の前から避ける。
 女性客はにこやかな顔で俺達に軽く頭を下げると、外に出ていった。
 そんな彼女らを見送り、とろわがウエイターの女の子に近づく。
「あん、おまえここでバイトしてたのか?」
 俺はとろわの言葉に再び驚いた。
 所々フリルのついた可愛らしいエプロンを着ている彼女。
 水色を基調とした服装で、髪は短く涼しげだ。
「あんっていえば、おまえの妹か?」
 そうだ、この町にきたとき一度だけ会った事がある。
 確か彼女は人間として高校に通っているとか。
 一応彼女は民宿のアシスタントの一人なのだが、学校の都合などで、一日しか宿にやってきた事はない。
 その時見た彼女は髪が長かった気がするが、イメチェンでもしたのか。
「そうだ、こいつは僕の妹。……確か部活動があるんじゃなかったか?」
「今日は顧問の先生用事があって来られないんだ。だから休み」
 彼女は家にいても暑いし、暇だ、という事で涼を求め、この店にきたんだとか。
 そこでこの店の店主に仕事を手伝ってくれるよう頼まれ、小遣い稼ぎにウエイターをやっているそうだ。
 さっき不意に現れたように見えたのは狸の姿に戻っていたところを慌てて人間の姿に変えたかららしい。
「ところで、お兄ちゃんたちは何しに?」
 そうだ、今の今まで忘れていた。
 俺たちは烏丸氏に頼まれ、ワインを買いにきたのだ。
 その旨を彼女に伝えると、「だったら店長さんに話を聞いた方が早いね」とレジカウンターを指さした。
 烏丸氏はこの店の常連らしく、“いつもの”を貰ってきてくれ、とも言っていた。
 その“いつもの”は店長が知っていると。
 そしてあんが指さす方を向いたのだが、案の定そこには誰の姿もない。
 レジカウンターには相変わらず羽を広げたガラスのカラスが鎮座在しているだけである。
 そのカウンターの内側には店の奥へと通じる通路があった。
 きっとその通路の先には厨房などがあるのだろう。
 あんの指はレジの辺りを指しているようであるが、その通路を指しているように見えなくもない。
「店主は店の奥にいるのか?」とあんの方を振り返ると、彼女はきょとんとした表情を浮かべた。
 なぜそんな顔をするんだ?
 俺が戸惑いを思いきり露わにすると、とろわが吹き出した。
「な、何がおかしいんだ!」
 意味も分からず笑われると大変頭にくる。
 一体こいつは何がそんなにおもしろいのか。
 そんなとろわの様子を見て、あんがはっとした表情を浮かべた。
「最初来た時教えてあげなかったの?」
あんもあんで意味の分からない事を言う。
 最初来た時?
 烏丸氏を迎えに来たと時か。
 その時に教えてあげなかった、とは何を教えなかった事を指すのだろう。
 そういえば、この店に関する疑問は確かにある。
 この店に最初に来た時は店の従業員らしき人がいなかったのだ。
 なので、コーヒーを飲んでいた烏丸氏は、帰り際、レジカウンターに代金を置いて帰った。
 そして俺たちが店の外に出る時、一瞬レジカウンターの方を振り返ったのだが、その時既に小銭は消えていたのである。
 もちろん俺たちがいる間は終始レジカウンターには誰の姿もなかった。
 これから導き出せる答え、それはとても現実的とは思えないものである。
 断じてそのようなものは認めない。
「教えなかった、とは何の事だ」
 俺はとろわを正面から見据えた。
 奴は笑いながら話始める。
 それによると、到底信じ難く、認めるのは大変癪であり、非現実的で、どうにか整理し、理解すると、要するに、この店の店主は俗にいう透明人間であるらしい。
 何をのたまうこの大馬鹿者めが。 
 そんなものいるわけがなかろう!
 そもそも透明人間は日本の者ではないのではなかろうか。
「その顔は信じてない顔だな」
 とろわが俺の表情を見て言った。
 無論である。
 俺がなんと説教してやろうかと腕組みをした時、不意に予想外の事が起きた。
 というのもレジカウンターの上にあったガラスのカラスがふんわりと浮かび上がったのである。
 要するに飛んでいる。
 俺は思わずのけぞった。
 カラスはそのまま真っ直ぐ飛来し、身の危険を感じた俺は腕で頭をかばった。
 案の定カラスは俺の頭をつつき始める。
 何故俺はこのような仕打ちを受けているのだ。
 というかなぜガラスのカラスが宙を舞っているのか。
 俺はどうにかカラスを払いのけ、顔を上げた。
 すると、ガラスのカラスが羽を広げたポーズのまま、宙に揺らめいている。
 羽ばたいていないところを見ると、そのカラス自身が動いて飛んでいるわけではない、何かが支えているのだ。
 それはつまり?
いやまさか、何か仕掛けがあるのだろう。
 再び俺がむっとした顔を作り上げると、カラスはすごすごと退散し、カウンターの上に収まった。
 これで、茶番はおしまいか。
 これから説教タイムに突入か、と思われた時だった。
 再び俺の身に何かがやってくる。
 今度こそ何も見えなかった。
 できる限り今の不可解な状況をどうにか分かりやすく言うと、今俺は何もない空間に抱きしめられている状態である。
 腕は軽く締め付けられ、動かず、体の全面には何かが押しつけられている。
 背中には何かが巻き付いているかのように、ものが触れている感じがした。
 これは大変な事態である。
 目の前の空間は無色透明、触れているはずのものがある場所には何もない、少し手を動かしてみると確かにそこに何かが存在していた。
 肉厚はある。
 恐るべきぺらぺら人間がいるとかいうわけでなく、実際に我が眼前には人の形をした目に見えないものがいるようであった。
「キミが最近下宿を開いたという田中君みたいな感じだな! やぁやぁ、話は大体聞いている感じだ!」
 極めつけがこれである。
 耳元の何もない空間からいきなり馬鹿がつくほどでかい声が聞こえた。
 独特な話し方、低いトーンの声、ここにいる狸2匹のものではない。
 そしてふっと俺の体に抱きついていたものが離れた。
「ここまでされたら透明人間の存在を認めざるを得ないでしょ?」
 あんがにこりと笑う。
 ちなみにとろわはにこりどころか腹を痙攣させている。
 そのまま笑いすぎて死んじまえ。
 確か人は20分以上笑うと死ぬらしいぜ、狸、おまえはどうかな? 
 しかし確かにあんの言うとおり、透明の何かが、置物で襲撃し、思い切り抱きしめ、さらに耳元で大声を出してしまえば、もう俺の目前には透明人間か相当なパワーを持った霊がいるか、魔法が実在するかという何にせよ非現実的な考えしか思い浮かばない。
 先ほどの状況を科学的に証明できる人がいればそれはもう、100年に一度、いや、1000年、いや、それ以上か・・・・・・まぁ、なんにせよ、天才である。
 自分の貧相なボキャブラリーを嘆きつつも俺は言った。
「認める」
 ともかく俺の目の前に非凡があることだけは間違いない。
「おっほ! そかそか! 認める感じか! それはとてもいい感じだ!!」
 いつの間にか透明人間は移動していたようで、レジカウンター奥の辺りから声がした。
  そこには手袋と帽子が宙に浮いており、それがゆらゆらと揺れている。
 しばらく揺れた後、帽子がくるりと回り、手袋が飛び上がった。
 そして壁に掛けてあった上着をとると、それを翻す。
 上着の袖がそれぞれ上に持ち上げられ、それも宙に浮いた。
「これで俺が見える感じだろ!」と宙に浮いた服やら諸々はカウンターからこちらに出てきた。
 靴もちゃんと履いている。
 しかし足の他の部分は空白なので不思議な感じだ。
 あ、感じ、と言うのが移ってしまった。
 彼はなんたらな感じ、と言うのが口癖のようである。
 どこまでも個性的なやつ。
「んで、用件はどんな感じだ?」

非凡レール 3話 1

「さぁ、そこから飛び降りてみたまえ」
「む、無茶言うな!!」
 俺は今、夏の強い日差しが大いに猛威を振るう中、倉庫の屋根の上に立っている。
 いかれポンチの大学生のような金髪頭の天狗の相手をしていたらこのような事になってしまった。
 一体俺はどうしてこんなにも線路を外れてしまったのだろう。

 :
 
 そもそもの事の発端は一週間ほど前、俺の寝泊まりしていたぼろアパートに死霊のような見た目をした、リョウという男がやってきたところから始まる。
 もうその辺りは周知の事であろうから説明を省くが、今俺がどのような生活を送っているかはきちんと解説しておくべきだ。
 まず、未だに我が下宿の宿泊客は一人きりであり、その客こそ、例の天狗、烏丸(カラスマ)氏である。
 俺や彼の他にこの宿に出入りするのは炊事、洗濯、掃除などを担当している、すーという女性。
 彼女はこの、見た目からは到底民宿とは思えないボロ屋で働いてもらう代わり、仕事の時間以外は好きなだけテレビを見てもよい、という条件で仕事にきてもらっている。
 ちなみに彼女は本来狐であり、居間に行くと狐が韓国の俳優にきゃあきゃあ言っている世にも奇妙な光景を見る事ができた。
 そしてその時居間には一緒にわいわい言っている女の子の姿がある。
 その女の子は座敷童子だ。
 この店に出入りするとろわという奴が連れてきたものである。
 彼女、幽霊のようなものだからか、飯は食わないものの、その代わりいつも銭を求めてくる。
 幽霊のようなもの、というのは、彼女、いつも淡く光っているのだ。
 けれど実体はあり、銭を手に握りしめ、嬉しそうな顔をする。
 貯まった金を一体どう使うのかは知らないが、彼女には彼女なりの考えがあるのだろう。
 実際座敷童子と呼んでいて、見た目も子供であるが、もう十分大人へと彼女は成長しているのだ。
 ただ子供の姿の方が楽にできるらしく、ちっこい女の子の姿ではしゃいでいる。
 そして、一番の問題がその座敷童子を連れてきたとろわである。
 そいつのせいで、俺は座敷童子という新たな問題を抱えるようになってしまった。
 そもそもそのとろわという男自体問題の塊である。
 仕事はしないし、妙に理屈っぽいところがあり、暇にかまけて人の平穏の邪魔をする。
 俺の仕事は民宿の客の相手をすればいいだけなのだが、相手をするといっても本来特にしなくてはいけない事はない。
 だから、本当であればのんべんだらりと過ごす事ができるのだ。
 しかしそこをとろわが烏丸氏に何か良からぬ事を吹き込み、俺は倉庫の屋根に上って、飛び降りろなどと言われる事になったのである。
 最初はちょっとした段差や階段を跳んで降りるよう言われ、なんだかよく分からないがお遊び感覚で付き合っていた。
しかし最終的にこの様だ。
 俺の身に何かあったらどうしてくれるんだ、忌々しい狸め!

 :

「大丈夫さ、君なら飛べる?」
 烏丸氏が間延びした口調で言う。
 その彼は宿の屋根瓦の上にビニールシートを引いて座り、麦酒をすすっている。
 しかも塩辛まで摘んでいる。
 昼間から何という奴。
 けれど顔色が全く変わらず、口調がのんびりしているところ以外変化がない。
 もしかすると烏丸氏は相当酒に強いのかもしれない。
「こんなところから飛び降りたら絶対どこか怪我するに決まっているじゃないか!」
 俺は全く持って正当な意見を述べたのだが、烏丸氏はどこ吹く風である。
「大丈夫、大丈夫、ちゃんと段階は踏んだんだから」
 俺は盛大に溜息をついた。
 さっきからずっとこの調子である。
 倉庫のてっぺんから地面まではおよそ3、4メートルほど。
 足をくじくくらいするんじゃなかろうか。
 そもそも俺はあまり高い所が好きではない。
 嫌いではないし、安全であれば恐怖は全く感じないが、飛び降りるとなれば別だ。
 大いに身の危険を感じる。
「ぐずぐずしないで?。もうちょっとなんだから、サクサクいこうよ?」
 さて、俺がなぜこうやって高い所からぴょぴょんする練習をしているかというと、空を飛ぶ特訓である。
 あ、今笑っただろう。
 なに言ってんの? 頭大丈夫? とか思ったであろう。
 俺も同じ心境である。
 そう、とろわが烏丸氏に吹き込んだ事というのは俺を彼の弟子にする、という事であり、俺を天狗的人間に育て上げる事であった。
 この天狗になろうぜ作戦は俺がこの地にやってきて早二日目から開始された。
 俺の了解なく、である。
 立場上、俺は客である烏丸氏の頼みを断る事ができず、ちょっとした段差を飛んだりひたすらジャンプするという意味不明な所行を繰り返し行った。
 夏場の適度な運動にはなったがそれ以上の効果は毛ほども感じられない。
 そして、それが天狗に近づく修行と聞かされたのは昨日の夜である。
 烏丸氏はまず手始めに飛ぶ事から身につけようとのたもうたのであった。
 俺はまず耳を疑う。
 普通の人間である俺がいくら跳ねても飛べるわけがなかろう、と。
 こうやってぴょんぴょこするだけで空が飛べるものか。
 高い所から飛び降りるだけで空が飛べるようになるのなら、世の中飛び降り自殺を働こうと考えた人々が空の彼方を飛び回っていることであろう。
 しかし残念ながら人間というものは跳べば落ちるのである。
 このような無意味な事は即やめるべきだ。
 いくら客人の面倒を見ろ、と言われていても、怪我をするのが分かりきっている事をやる必要はないはずである。
 俺は断固として飛び降りない所存だ。
 心に決めた俺は、屋根に座り込んだ
「あー、もう、後少しなんだってば! 君は後少しで跳べる?! 自分を信じろ?!」
 なにが信じろだ。
 どこに信じる事ができる場所がある?
 しばし日の照りつける灼熱地獄の中俺たちは睨み合った。
 汗が体中を伝う。
 拷問である。
 しかし烏丸氏は何とも涼しげだ。
 俺はTシャツの裾で汗を拭った。
 俺の横には、屋根に登るために使用した梯子がかかっている。
 隙あらばそこから下に降りて、麦茶をすすりたいところだが、烏丸氏は俺から目を離さない。
 どうしたものか。
 しかし唐突に睨み合いは幕を下ろした。
「まだやってたのか」
 マッシュルームヘアが屋根に登ってきた。
「とろわ、おまえ!」
 俺が諸悪の根元を睨みつけると、奴はウインクを投げて寄こした。
 俺は奴の視線を振り払うように眼前で手を振る。
 しかしとろわの奴、俺の動きには目もくれず、烏丸氏に何か耳打ちをした。
 苛立ちが募る。
 俺にこのような修行をさせようと目論んだ時もこうして耳打ちをして、二人でこそこそしていたに違いない。
 俺が睨みつける中、とろわはなにやらごにょごにょ言い、烏丸氏はにっこりと笑った。
「田中君。修行は一旦中止して、一つ頼まれてくれないか」

 :

「まったく、おまえは暑苦しいな。ついてこないでいいと言っただろう」
「そんなつれない事を言うんじゃない。いいじゃないか、僕も少しは出かけたいんだ」
「おまえを連れ歩くと俺まで変な目で見られる」
 俺ととろわは今、喫茶店“赤っ鼻”に向かっている。
 というのも、その店に新しくワインが入荷し、その知らせを聞いたとろわが烏丸氏に報告したのである。
 烏丸氏はワインに目がなく、即俺たちを使いに出した。
 要するに俺はとろわに助けられたような形になったのだ。
「僕のこの格好は蚊から我が身を守るためのもの。あんなものに刺されたら狸に戻れなくなる」
 そう言うとろわは、夏、しかも日の照りつける午後だというのに、いつもの黒い長袖ハイネックに、白い長ズボンという出で立ち。
 確かに肌がほとんど出ていないから蚊に刺される心配はないが、暑苦しいにも程がある、目に毒だ。
 おかげで道行く人の怯えたような視線を感じる。 
 これではまるで俺たちが変質者のようではないか!
 しかしとろわは常に涼しい顔をしていた。
 汗も全くかいていない。
「しかし、なぜ俺は天狗修行などというものをしなくてはならないのだ」
 あのような実りのない運動に時間を費やすのは無駄という他ない。
 すぐにでも止めてもらいたい。
「仕方ない、跡取りとして認めてもらうには空が飛べなくちゃ話にならないじゃないか」
「は?!」
 今このマッシュルームはなんと言った?
 跡取り?
 俺は幻聴でも聞いていたのか。
「すごい汗だ、どうしたんだい。プレッシャーになったかな、今の」
 プレッシャーも何も理解ができない。
 詳しい説明を求む。
「おまえ、今跡取りとか言ったか? 言ってないよな、そんなまさか」
「あぁ、跡取りと言った。君は烏丸氏の跡を継ぐのである」
 俺は足を止めた。
 人通りが少ない場所を歩いているので、幸い通行の邪魔にはならない。
「急に止まらないでいただきたい。急にどうしたっていうんだ」
 俺はのほほんと話す奴の顔を見て、一気に怒りが爆発した。
 とろわの襟首を思い切り掴む。
 三流ドラマの演技みたいだが、今はそんなところで恥ずかしがっている場合ではない。
「おまえ、なに人の人生のレールを歪めてやがんだ! これ以上歪んだら、元の生活に帰れない! 俺は一夏の契約でここにきてんだ!」
 俺が怒鳴るととろわは迷惑そうな表情を俺に向けた。 
「あのね、収入がないのに、どうやって元の生活に戻るのさ。君には今食べ物を買う金も、住む場所を確保する金もない」
 痛いところをついてくる狸である。
 余計に苛立ちが募った。
「そんなものどうにでもなる! 俺は夏の終わりと共に平凡な人生に戻る!」
 俺はとろわを突き飛ばした。
「全く乱暴だなぁ!」
 とろわは後ろに数歩よろけたが、どうにか踏み留まると、溜息をついた。
「跡取りといっても仮の、だよ。本当に跡を継ぐ訳じゃない。ただ烏丸氏の体裁を保つためには弟子っていうのが必要なのさ」
「体裁?」
「天狗界にはいろいろと面倒な部分が多いという事である」
「そんな事を言われても困る。おまえが弟子になればいいではないか」
「僕は別に空を飛ぶ訓練なんてしなくても鳥に化ければいくらでも空を飛べるから修行する必要はない」
「修行をする必要はない? もしかしておまえは既に弟子だったのか?」
「まぁ、そうだ。ちなみに弟子は3人とって一人前の天狗。次は君が新たな弟子を捜す番だ!」
「何を勝手な事を!」
 聞けば聞くほど面倒な話だ。
 俺に一体どうしろと言うのか。
 このままひたすら意味不明な行動を繰り返せというのか。
「あのね、やれば本当に跳べるんだよ。信じないから跳べない、それだけの話さ。心の底から100%飛べると信じる事ができれば自由に空は飛べるのである」

非凡レール 2話 4

 建物内の各所では人間の姿に化けたまま、狐や狸たちが拭き掃除やら掃き掃除やら、精力的に働いていた。
 俺は彼らに部屋の場所を聞くと、俺の部屋は2階にあるという事だった。
 ここには2階があるのか、と階段を探すがなかなか見あたらない。
 見た目の割にこの建物は広く、部屋数も豊富だった。
 確かに民宿として十分やっていけそうである。
 ただ長い間使われていなかったのか、汚れ放題汚れていた。
 そしてしばらく建物内をさまよった後、ふと目についた物置のような木の扉を開けると、そこに階段があった。
「なんと分かりにくい」
 細くて急な階段は大変上りにくかった。
 さらに滑る。
 俺はどうにか滑らないように上へと上ると、両サイドにドア。
 どちらも窓のようにガラスが張ってあり、左側のドアのガラスからはなにやらものがごちゃごちゃと詰め込まれているのが見える。
 どうも左側の部屋は物置と化しているようだ。
 俺の部屋はきっと右側の扉の先だろう。
 ドアを開け、室内を覗いた俺は息を飲んだ。
「これは!俺の部屋ではないか!」
 まぁ、俺の部屋なのは当たり前なのだが。
 どうして俺がここまで驚いたのかというとだな。
 前住んでいた部屋とそっくりの部屋だったからだ。
 試しに後ろを振り返ってみたが、俺の背後には汚い廊下ではなく、物の詰め込まれている部屋の扉がある。
 ここは俺が住んでいたボロアパートではない。
 しかし、視線を前に戻せば確かにそこは俺の部屋である。
 隅から隅までそのままのレイアウト。 
 前の家と違うのは、玄関やキッチンがない事と、入り口の位置が違う事くらいだった。
 他は窓の位置まで不気味なほど同じであり、見慣れた六畳間はにおいまで同じである。
 俺のこだわり遮光カーテンが風にさわさわと揺れていた。
 俺は鳥肌が立ってしまった腕を摩りつつ、部屋を見回す。
 すると、窓の斜め下辺りに置いてある机の上に何か置いた覚えのない物があるのが見えた。
「ガム!」
 近づいてい見ると机の上に置いてあったのは俺の大好物のミントガムであった。
 俺はすぐさまそれを手に取り頬ずりをする。
 が、そこへ、「何してんの?」という声が響いた。
 すぐに頬からガムを引きはがし後ろ手に隠す。
 そして部屋の入り口を見ると、マッシュルームヘアの男が立っていた。 
「な、なんだ。おまえか」
「今何隠したのさ?」
 彼、”とろわ”もまだ人間に化けたままのようだ。
「何しにきた?君たちは掃除をしているんじゃないのか?」
「いや、なに。僕は戦力外なのさ」
「戦力外?」
 ただのサボりではないのか。
「別にサボっているわけじゃない。僕が仕事をするとろくな事が起こらないからみんな僕に仕事をしろなんて言わないのさ」
 ろくな事がないとはどういう事だ。
 失敗ばかりするという事か?
「とにかく。僕は暇だからさ、オーナーについてくよ。この町の事とか、ここらに住む人間も人間以外の生き物も僕は狸一知ってる」
 えっへんと胸を張る”とろわ”。
 信頼しても大丈夫だろうか、こいつ。
「見知らぬ町で一人は不安でしょ?僕が案内してあげようじゃないか」
 こうして俺の顔を覗き込む奴はよく考えると、見た目は俺と同じくらいの年に見える。
 そういえば他の狸や狐たちの仲に俺と同い年くらいに見える奴はいなかったな。
 目つきの悪いあの”いー”って奴も、俺より年上っぽかったし。
 もしや一番気が合うのが、こいつだったりしてな。
 髪型の趣味はさっぱり合わないが、その他の事ならもしかすると趣味が合うかも知れない。
「それなら案内してもらおうじゃないか。これからある喫茶店に客を迎えにいく」
 俺は邪魔にはならないだろうと踏んで、奴を連れていく事にした。
 何度も見た町だといっても実際に来たのは今回が初めてなわけで、些か心細い。
 だれか一緒に来てくれるとなると、ありがたかった。
「ほぉ、赤っ鼻か」
 俺がリョウにもらった地図のメモを見せると、彼はそう呟いた。
 メモ用紙にはこの建物と道を示す線、目的地を示す丸しか描かれておらず店の名前などの情報は全く書かれていない。
「あ、あかっぱな?」
「そう、このあたりの喫茶店と言えばそこくらいしかないよ」
 そんな奇妙な名前の喫茶店は見た事も聞いた事もない。
 俺はなんとなく赤鼻のトナカイと、真っ赤な顔に長い鼻を持った天狗の姿を同時に思い浮かべた
「まぁ、案内するからとにかく行ってみようじゃないのさ」

 :

 空は爽やかに晴れ、朝とはいえ随分と暑い。
 しかし隣の人間に化けた狸は長袖長ズボンでも何食わぬ顔をして歩いている。
 化け物か?!
 あ、そうか化け物か。
 化け狸だものな。
 八百屋や肉屋、魚屋など昔ながらの店が並ぶ通りを逸れ、しばらくわき道に入って進んでいくと、その喫茶店へと辿り着いた。
 店は以外とお洒落で、都会でもやっていけそうなこ洒落た造りである。
 店内の見えるショーウインドーのようなガラス窓と、木のドア。
 それらの上には大きな看板が掲げられ、”AKAPPANA”とでかでかと真っ赤な色で書かれていた。
 ここまで案内してくれた”とろわ”を後ろに引き連れ、俺は早速入店する。
 中に入るとそこにはまず、レジなどが置かれた小さなカウンターがあった。
 しかしカウンターには誰もいない。
 カウンター脇にはのれんの掛かった通路があり、厨房などに通じているようである。
 店内は真新しい木材で壁が作られ、床は石畳、どこか和風な喫茶店である。
 置いてある机や椅子も木製で、椅子には日本らしい座布団が敷かれている。
 なかなか新居心地が良さそうだ。
 そして、店内を見渡すと、そこにはフランスとでかでかと書かれた旅行雑誌を読みふける男性客が一人いるだけだった。
 彼は青い浴衣のような服を着ており、肌は白い。
 そして彼は目立つ金髪ボサボサ頭であった。
 いかれた学生か?
「おやぁ?カラスマさんじゃないか」
 すると不意に俺の後ろにいた”とろわ”が顔を覗かせた。
 彼の声を聞き、ひょいと顔を上げるいかれた学生のような男。
「おやぁ、“とろわ”ではないか!」
 どことなく間延びした口調で言うと、男はぱっと表情を明るくした。
「カラスマ?」
 さっき”とろわ”がそう言ったが、それが男の名前なのだろうか。
「そう、彼はカラスマさん。鳥に丸とかいてカラスマさんだ。トリマルさんじゃないよ」
 烏丸?
 京都かどこかでそんな地名を聞いたような気がする。
「君は?」
 首を傾げる俺に例のカラスマさんが聞いてきた。
「あぁ、俺は田中と言います」
「ふぅん、人間界ではよく聞く名前だ。覚え易くてよろしい」
 おまえに俺の名前の評価をされる筋合いはない。
 というか人間界、という物言いはどういう事だ。
 おまえはいかれポンチの学生ではないのか。
「君、やけに嫌な目で僕を見るねぇ。こう見えても僕は天狗だぞぅ」
「て、天狗?!」
 俺は己が目を疑った。
 何度も瞬きをし、目を擦ったが、目の前の金髪いかれポンチの姿は毛ほども揺らがない。
「何か失礼なことを考えていないかぁ、君ぃ。僕はフランスを愛するが故にこのような西洋人っぽい金髪をしているのだぞぅ」
 なるほどこの人はフランスが好きでフランスの旅行雑誌を熱心に読みふけっていたのか。
 しかし、髪を金髪にして西洋人っぽさを演出するのなら、服装もフレンチしたらどうなのだ。
 服は明らかにジャパニーズではないか。
「僕はフランスも好きだけどねぇ、同じように日本も大好きなのさ。だから着物」
 確かに顔は日本人である。
 金髪は似合わない事もないが、全く天狗には見えない。
 鼻も長くないし、顔も赤くないし、服装も地味な着物を着ているだけだし、天狗っぽい威厳やら風格が欠片もない。
 まぁ、実際に天狗なんて物を見た事があるわけではないので、本物の天狗はこうだ!と言い切る事はできないが、彼の姿は天狗のイメージを根底から覆す物だった。
「で、烏丸さんがうちのお客さん第一号?」
「おぉ、そうだ。リョウ氏から話は聞いたよ。君が民宿をやるんだってね」
 やはり彼もリョウから話を聞いたのか。
 いったい奴はどれだけ暗躍すれば気が済むのだろう。
「ちょうどフランスから帰って来たところだったんだ。次の旅行に行くまでしばらく泊まらせてもらうよ」
「あ、ありがとうございます」
 やはりここは店側として丁寧に礼を言っておいた方がいいのだろうか。
「それじゃ、一ヶ月は世話になるよ、よろしくね」
 そしてカラスマさんは机の上にあったコーヒーを飲み干すと、席を立った。
 彼はすたすたとレジに向かい、着物の袂から小銭をいくつか摘み出す。
 まだレジカウンターには誰もいない。
 一体店員はどこに行ったのだろう。
「ごちそうさん、また来るよ」
 カラスマさんはレジの誰もいない空間に向かって声をかけると、小銭をカウンターにおき、さっさと店を出て行ってしまう。
 じっとカウンターの方を見るが誰もいない。
 もしかしてカウンター横の通路の方に誰かいるのだろうか?
 しかしカラスマさんはあまり声を張っているようには見えなかった。
 いくら首を傾げてもよく分からない。
「タロー君、早くしたまえ、烏丸さんが待ってる」
 不意に”とろわ”に顔を覗かれた。
「こら!下の名前で呼ぶんじゃない!」
「何で?」
「な、何でもだ!」
「何でもって?」
「俺には俺なりの下の名前を呼ばれたくない理由があるのである!」 
 ”とろわ”と言い争いながら店を出ようとすると、不意に後ろで小銭がぶつかるような微かな音がした。
 振り返るといつの間にカウンター上に合ったはずの小銭が消えていた。
 しかし、相変わらずカウンターに店員の姿はなかった。

 :

 このようにして、俺は妖怪向け民宿を経営する事となった。
 記念すべき一番最初のお客はカラスマというフランスを愛してやまない自称天狗。
 偏屈で取っつきにくい人物ではなかっただけマシだが、訳の分からない人物である。
 そして、平凡レールを外れてからの俺は、一度入ってしまえば吐き気を催すほど回る羽目になる運命の渦に巻き込まれてしまった。
 めくるめく非現実的日常。
 お客を一人確保できたから安心というのは間違った考え方である。
 お客がいるからこそ渦は加速し勢いを増すのだ。
 俺に休む間も、渦から抜け出す隙もなかった。
 俺の周りにはいくらでも渦の勢力源となる火種が転がっていたのである。
 そもそもはリョウとかいう男が原因であるが、彼の話にイエスと言った俺も悪い。
 ここからはできるだけ火種をまかないようにし、渦を沈めよう、そう考えていた矢先、目の前で火の粉が散ったのである。
 今回の火種は、歓迎すべき客であるはずの、カラスマ氏であった。
「ねぇ、君。天狗にならない?」
 彼の新たな火種的発言に俺は吐き気を催した。 

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