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さよならの相手は

(文芸部で”さよなら”、”懐中電灯”、”乾燥機”をお題に書いた掌編です)

「さよなら・・・」
 私は涙を滲ませ、彼に触れた。
 もう何も言わない彼の体は冷えきっている。
 何故、こんな事になってしまったのだろうか。
 
  :

 今日は朝からじとじとと雨が降っていた。
 ただ、家を出た時は、ほとんど気にならない雨だったので、そのうち止むだろう、と雨具を何も持たず自転車に乗った。
 カゴの中は鞄が大体の面積を占めていて、そこに合羽を入れるというのは至難の業だったのだ。
 学校に着いた時も雨はあまりひどくなく、服や荷物が軽く湿ったくらいだった。
 私は自転車のカゴに入れていた鞄を肩に掛け、教室へと向かう。
 その鞄の中には、授業に使う教科書類の他に、小説やイラストを描くためのノート数冊、イラスト用のペンが数十本、傷だらけの電子辞書など、様々な余分だけど大事なものが入っていた。
 私は教室に入ると、早速席に着き、イラスト用のノートとペンを取り出す。
 昨日の夜、ペン書きしたイラストに、色を塗るためだ。
 そして、それらを取り出したのには、もう一つ理由があった。
「あ、また絵、描いてる!」
 そう言って人懐っこい笑みを見せてきたのは、私の前の席の男子。
 彼は椅子に逆向きに座り、背もたれを抱えるようなポーズをしている。
 彼の名前は何だったろう?
 私はこの高校に入学したばかりで、周りにいる生徒の名前をほとんど覚えられていない。
 周りは名前も知らない人ばかり、人見知りをする私はなかなか人に話しかけることができなかった。
 知らない人だらけだというのは周りの人も同じはずなのだが、周りを見渡してもほとんど全員誰かと楽しそうに話している。
 他の人達に自分から話しかけていく事ができない人見知りの私でも、イラストを描いていれば、周りの人が話しかけてきてくれる。
 彼も、そんな私の作戦にまんまと引っかかってくれた一人だった。
「君、絵うまいね。俺こーいう絵好きだな」
 ちらりと私のイラストに目をやった後、じ、と私の顔を見る彼。
 私の顔は心なしか熱くなった。
「そ、そうかな?」
 私は反射的に目を逸らす。
「・・・わ、私絵を・・・」
 絵を描き始めたのは最近なんだ、と言おうとしたところで、チャイムが大きな音で鳴り響いた。
「あ、時間だ」
 彼は私が何か言う間もなく、体を前に戻してしまう。
 大した事を言おうとしていたわけではないので、こちらから話しかけるのは憚られた。

  :

 こうして彼に話しかけられない内にホームルームの時間や授業は過ぎていった。
 その代わりと言うとなんだが、他の女子数人から話しかけられ、私には同じ趣味を持つ新しい友人が何人かできた。
 しかし、悲劇はその日の帰りに起きたのだ。

    :

 外に出ると、雨は今朝学校に来たときよりずっと強くなって、私を待っていた。
 しかし、私は傘も合羽も何一つ持っていない。
 濡れて帰る他なかった。
 私は自転車のカゴに鞄を乱暴に突っ込み、自転車に乗る。
 そしてできるだけ急いで強く、ペダルを踏んだ。
 顔に雨の滴が次から次へとぶつかってきて、目を開けていられない。
 それでも、私はできるだけ早く帰ろうと、自転車をこぎ続けた。
 立ち並ぶ店が私の横を流れていく。
 道路はいつもより車が多く、路面電車の方をちらりと見ると、中にはたくさんの人が詰まっていた。
 その分私の走る歩道は、町中にも関わらずかなり空いている。
 邪魔になるようなサラリーマン達の姿もなく、私は速いスピードを保ったまま進み続けた。
 が、いくら早くしたくても信号に関してはどうしようもない。
 信号が赤になれば、いくら歩道が空いていようが止まるしかなかった。
 私は信号に引っかかってしまい、イライラと舌打ちをしたが、その時ある事を思い出した。
 雨で慌てたせいですっかり忘れていたが、私は音楽プレイヤーを持ってきていたのだ。
 MP3プレイヤーというやつである。
 私は鞄の外ポケットから、カゴに邪魔されながらもどうにかそれを取り出した。
 音楽を聴けば少しはこのイライラも払拭されるだろう、と考えたのである。
 しかし、MP3を取り出したところで信号が変わってしまう。
 私はもう一度舌打ちをすると、MP3をポケットに突っ込んだ。
 イヤホンをつけるのは次信号に引っかかった時にしよう。
 こう考えてしばらく走った時だった。
 前方になんだか妙に見慣れた背中が見える。
「あ」
 思わず私は声を上げた。
 それは私の前の席の、例の男子。
 傘を差していたので、少し印象が違って見えたが、授業の間ずっと見えていた背中に間違いなかった。
 家の方向こっちなんだ、と少し意外に思いながらも私は横を通り抜けようとする。
 そこへ急に車が飛び込んできた。
 その瞬間、雨雲の立ちこめる暗い空に光が走り、上空から地響きのような音がした。
 そして、どこか遠くから何か大きな音がした気がしたが、私はよく覚えていない。

     :

 はやる胸を押さえ、私は家に駆け込んだ。
 天気が悪いせいで外が暗いからか、家の中はほとんど何も見えない。
 電気をつけようにも、いくらスイッチを押しても明かりは灯らなかった。
 ブレーカーでも落ちたのだろうか?と、私は懐中電灯を探す。
 髪も足も服もどれも塗れた上に汚れており、気持ちが悪い。
 早く風呂に入って着替えてしまいたかった。
 私は手探りに懐中電灯を探し出し、どうにかスイッチを入れる。
 幸い電池は切れておらず、何とか周りの様子が見えるようになった。
 そして、玄関に近い壁についていた、ブレーカーを照らす。
 見ると一つ、つまみが下を向いていた。
 私は部屋から椅子をとってきてそれに上り、ブレーカーを上げると、ぱっと部屋の電気がつく。
 私はようやくほっと一息つき、汚れた上着を脱いで洗濯機に投げ入れた。
 洗濯は機械に任せ、私はすぐに風呂へ入ったのだ。

     :

 そして、今。
 改めてもう一度彼に触れるが、彼は無言のまま何も言わない。
 今朝まで元気だったのに。
 涙ぐむ私の目の前にあるのはMP3プレイヤーだった。
 そう、彼が犠牲になったのだ。
 学校に行く前には軽快な音楽を流し、私に元気をくれたというのに、今彼は洗濯機にもみくちゃにされたあと、乾燥機でさらにもみくちゃにされ、完膚なきまでぶち壊されてしまったのである。
 おまけに長い間使っていたお気に入りのイヤホンも壊れてしまった。
 あの時、私が自転車に乗って走っていた歩道に、車が突っ込んできた。
 私は例の男子の背中を見ていたせいで、車が近づいてきていた事に気づけなかったのだ。
 車の運転手は私が車を認識していると思っての運転だっただろうし、歩道のすぐ脇にあった建物の駐車場に入ろうとしていたというだけで、運転手に非はない。
 実際私が思いきりこけた事にも、車の運転手は気づいていないようだった。
 そう、私はいきなり視界に入ってきた車にぶつかるまいと、思い切りブレーキをかけハンドルを右に切ったのだ。
 急な事だったため自転車の車輪は思い切り滑り、私は歩道に投げ出された。
 しかし、幸いな事に怪我はなく、荷物もカゴに引っかかっていたからかすっぽりそのまま収まっていたし、自転車も特に壊れてはいないようだった。
 私は体のあちこちが痛かったが、すぐにむくりと起きあがる。
 そして俯いてみれば、真っ白だった上着は見るも無惨に泥で汚れていた。
 雨のせいで歩行者は少ないものの、後ろには同じ学校、同じクラスの生徒がいるのだ。
 私はいてもたってもいられなかった。
 服をはたく暇もない。
 私は慌てて自転車に駆け寄り、普段鈍くさい私からは想像もできないようなスピードで動き回り、自転車に飛び乗ってその場を去った。
 その時は本当に散々な天気だった。
 雨はあの時がピークだったのだろう、バケツをひっくり返したような大雨で、空は稲光が走り、終始ゴロゴロと唸っていた。
 それとよくは覚えていないが、私がこけた瞬間、雷が落ちたような、地響きにも似た音が遠くから聞こえた。
 家のブレーカーが落ちていたのはもしかするとその雷のせいかもしれない。
 私は家に帰った時、一心不乱に自転車をこぎ続けたせいで、体力をかなり消耗していた。
 そして、懐中電灯を探ているうちにすっかり体温も奪われてしまったのだ。
 なので、ブレーカーを上げた後、私はすぐさま服を脱ぎ、脱いだ服を全部放り込んで洗濯機の電源を入れ、洗濯を開始したのを確認して、急いで風呂に入ったのである。
 MP3の存在を忘れて。
 ほのかに洗剤の香りのする彼は、今やただのガラクタと化していた。
 私はただただ悲しむ他ない。

 それ以降、私は雨が降りそうなとき、きちんと合羽を自転車のカゴに入れるため、鞄をスクールバックからリュックに変えた。
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