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とある狸の手記 4

「さぁ、早く指示を・・・・・・」
「少し話を聞いてくれ!」
 僕は普段使わない大声を出し、少し声が上ずってしまった。
 彼女はそんな僕を見てきょとんとした顔で見る。
 僕は彼女の反応を見るのが少し怖かった。
 だから俯き、彼女の表情を見ないようにして口を開いた。
「僕が空飛ぶ畳を探していたのは君を捜してきてくれと僕の叔父に頼まれたからだ。僕が君をほしがった訳じゃない」
 居心地の悪い沈黙が降りた。
 彼女は何も言わない。
 身じろぎ一つしない。
 僕はずっと俯いたままに固まっていたが、顔を上げた。
 そして僕は息を呑んだ。
 さっきまで幼い少女の姿をしていた彼女が大人の姿へと変貌していたからだ。
 相変わらず淡く光るその姿は何とも美しかった。
 彼女は俯き、長い睫が白い肌に影を落とす。 
「ごめんなさい、あなたの話も聞かず。でも、私はあなたに運命を感じたの。あなたこそ私の持ち主にふさわしいと」
 彼女は淡々と話した。
 あまりにも長い間この地で過ごしていた。
 昔は座敷童子、子供の姿をして何もかも新鮮で楽しかった。
 でも、月日は流れて、彼女の住むこの神社は寂れ、ほとんど人も寄りつかない。
 彼女の持ち主であった神社の持ち主もいつからか来なくなった。
 そして彼女は長い長い時をかけ、大人になったという。
 彼女ははらはらと涙をこぼした。
「私は前の持ち主、この神社の主には運命を感じておりました。だから彼の元に留まったのです。幾度となく彼の危機を救い、また彼も私を守ってくださいました」
 しかし、ある日ぱったりその人は来なくなり、神社はどんどん荒れていったという。
「我が主がいた頃は幾度となく私を欲しいという人がここを訪れました。しかし運命を感じるような人はいなかった」
 そこで彼女は僕を見据えた。
 いかん、なにやら心臓がおかしな動きをしている。
 胸の中で小人が暴れている!
「でも、ここであなたに出会ったのです。どうか私を外に連れ出してください。新たな主の命でなければ私はこの地から出ることができないのです」
 女性を泣かせてはいけない。
 叔父が言った言葉の中で唯一共感できたことである。
 叔父は生まれてこの方女性を泣かせたことがないと言った。
 それは叔父に女性を泣かせるようなことをしでかす度胸がないせいであろうが、しかし、今の僕にはにっくき叔父に敗北したような感があった。
 これは偉大なる狸である僕の誇りが許さない。
 女性を泣かせるとは何事ぞ。
 叔父のわがままなぞどのようにもなる。
 今は彼女を救うこと、それだけを考えるべきだ。
「もう泣くでない。僕がそなたの主となろうぞ」
 僕は少しふらつきながらも2本足で立ち上がり、彼女に前足を差し出した。
 狸の姿で2足歩行をしようとすれば体に負担がかかるのだが、格好をつけるためである。
 僕はええかっこしいであった。
 そして彼女はふっと顔を上げ、美しい笑顔を浮かべた。
 僕の鼻のしわが伸びる。
 伸びすぎというほど伸びる。
 そして彼女は僕の手を取った。
「ありがとう」
 そして僕が、瞬きをした次の瞬間には彼女は子供に戻っていた。 
「それでは君の家へと行こうぞ。君の叔父上のことは私がどうにかして上げようではないか。大船に乗ったつもりでどーんと構えていたまえ!」
 彼女がそう言うが早いか地面が揺れた。
 見ると四畳半がうごうごしている。
 彼女の姿について何か言う間もなく、四畳半は宙に浮いた。
 ふらふらと危なっかしく座敷は揺れ、僕は彼女に捕まった。
 彼女以外にこの一間に捕まるものはなかったのである。
 僕は彼女の腕の中でぷるぷると震えるしかなかった。
「いざ!」
 彼女は腕を振りあげ、四畳半は勢いよく飛び出した。
 社の障子を突き破り大空へと舞い上がる畳。
 僕は彼女に抱えられ、呆然と夏の澄んだ空を見上げるほかなかった。
 遠くにセミの声が聞こえる。
 おや、セミの声に混じって何か人の声のようなものが聞こえる。
 なんか忘れているような気がするなぁ。
 僕がどこかへ飛んでいってしまった記憶を拾い集めていると、人の声がはっきりしてきた。
「トロワく?ん!これは一体どういうことか?!」
「説明をもと?む!」
 これはなんだか懐かしい声だ。
 僕は三拍の間を置き、全てを思い出した。
 はっと顔を上げれば、畳の横を着物を着た金髪の男と、ハンドルの生えた座布団に乗った人間の男が飛んでいるのが見えたのである。

 :

「ほぉ、トロワよ、よくやった。本当に空飛ぶ畳を持ってくるとは」
 叔父達の営む骨董屋のあるビルの裏手、そこには家を一軒建てられそうなほどの広さがある、大きめの空き地があった。
 僕らはそこに降り立ち、叔父が、運がいいのか悪いのかその場に居合わせたのである。
「トロワ、何をぼーっとしておる。早くそこからおりんか」
 叔父は少女の姿をした座敷童子には全く触れず、僕を指さした。
 田中氏のことや烏丸氏のことは叔父も知っていたから何も言わないのはわかる。
 しかし、彼女のことに触れないのは何かおかしくないか?
 僕は内心首を傾げながらも畳から地面に降りた。
 それと同時に僕だけ狸の格好をしているのが癪に障ったので、人間の姿に化ける。
「ほぉ、なかなかにいいものだ」
 叔父はもみ手をしながら畳に近寄る。
 僕は複雑な心境でその場面を見た。
 不意に叔父が田中氏に視線を向ける。
 いや、叔父が見たのは田中氏ではない、田中氏が今まで乗っていた、マリリンだ。
 叔父は値踏みをするような嫌らしい目でマリリンを見るだけ見て、何も言わず視線を外した。
 僕も畳へと視線を戻す。
 さっきと変わらず四畳半の上に座り込む彼女は僕にウインクをして見せた。
 任せろ、ということか?
 そして彼女から発している光が不意に強くなった。
 次の瞬間には光が弱まり、彼女がまた大人の姿になっているのが見えた。
 彼女は自分の見た目年齢を自由に操ることができるのだろうか?
「おぉ、あなたは?」
 不意に叔父が大声を上げた。
 見ると烏丸氏も田中氏も驚いている。
 そういえば、田中氏にも烏丸氏にも子供の姿の彼女にはちゃんと反応していたのに、叔父には反応がなかった。
 もしかして叔父には子供の姿の彼女が見えていなかったのではないだろうか?
 彼女の意志で姿を見えたり見えなくしたりできるのか、それとも見る人によるのか。
 わからないが、大人の姿になれば叔父にもわかるようだった。
 そして子供の姿が見えていた人には大人の姿も見えるようである。
「私はこの座敷です」
 彼女は艶やかな声で言った。
 今僕のいる地点からは叔父の後ろ姿しか見えないが、きっと今叔父の鼻の下はだらしなく伸びていることであろう。
「そうかそうか、わしが新しい主人になってやる」
 叔父は偉そうな口調で言った。
 僕に対するときとほとんど態度が変わっていない。
 きっと僕が畳を乗りこなせたもんだから自分も乗ることができるに決まっている、そう思いこんでいるのだ。
 彼女はそのような甘いものではない。
 もっとよくわからない生き物だ。
 叔父などの手に負えるものか。
 僕にだって彼女が一体何なのかよくわからないというのに。
 今になっては彼女の話さえ本当だったのかどうか分からない。
 ただ、新しい主人がいないとあの神社から抜け出せない、といったのは本当だったようだ。
 実際社から出た後の彼女は生き生きとして、本当に楽しそうだった。
 そして叔父の言葉を受け、彼女は口元を着物の裾で隠し、くすくすと笑い始めた。
 最初叔父は、それが自分が主になったことが嬉しくて彼女が笑っているのだと思い、贅肉がたっぷりついた腹をぷるぷると振るわせ、一緒に笑っていた。
 しかし、彼女の笑いはそのような穏やかな笑いでは収まらなかった。
 彼女の笑いの勢いは収まらず、だんだんと肩を震わせ始め、ついには声を上げて笑い始めた。
 もう口を隠すようなことはせず、彼女は盛大に笑う。
 叔父は化け物でも見るようなおびえた様子で一歩後ずさった。
 彼女の笑いに何か友好的でないものを感じたのだろう。
 そして彼女はひとしきり笑った後不意に真顔になった。
「おまえに私の主となる資格はない!」
 彼女の声は凛と響いた。
 そしてその声の一拍後、僕の背後、叔父の骨董屋であり、僕らの住む家でもある古ビルの方から、何かが盛大に壊れるような音がした。
 食器が割れたような音や、ガラスの割れるような音。
「ま、まさか?!」
 叔父が悲痛な声を上げた。
 裏返ったその声は空しく辺りに響き、叔父はどすどすと建物の方に駆けていく。
 僕は建物の中へ慌てて駆け込む、叔父を目で追った。
 やがて叔父の姿が見えなくなり、僕は後ろを振り返った。
 そこには既に少女の姿へと戻った彼女が変わらず四畳半に座り込んでいる。
「叔父に何をしたんだい?」
 僕が恐る恐る聞くと彼女はにっと笑った。
「制裁」
 彼女は小首を傾げ、ウインクまでして見せたのである。

 :

 四畳半は些かサイズが大きく、自室に持っていくことはままならなかったため、田中氏の営む民宿に運び込んだ。
 入り口近くに四畳半の小さな部屋があったため、そこの畳をよけ、その座敷をはめたのである。
 小さな部屋には大きな窓がついており、いつでも座敷は発進可能だ。
「田中氏はともかく、烏丸氏は信頼のおける人物だ。何かあったら彼に言うといい」
「わかった!」
 田中氏は相変わらずむっつりとしていたが、彼女が来たことに対しては意外とまんざらでもなさそうな顔をしていた。
「新たな住人は座敷童子か。この民宿が彼女の力で繁盛するといいねぇ」
 烏丸氏がにこにこと言う。
「僕はあなただけで一杯一杯だ」
 田中氏が盛大にため息をついた。
「なぁに、僕は毎日ここに来る。心配はいらないさ」
 僕が田中氏の肩に手を置くと彼は邪険に払いのけた。
「えぇい、腹が減ったぞ! 夕飯じゃ!」と田中氏は大股で去っていく。
「そんじゃ今日はごちそうになって帰ることにしよう」
 僕は些か腹が減り、叔父と顔を突き合わせて夕食をとることには気が進まなかったため、ここで飯を食べさせてもらうことにする。
「おぉ、そうしたまえ」
 烏丸氏がニコニコといい、僕らが移動しようとすると背後に何かの気配を感じた。
「そんじゃ私も」
 振り返れば彼女が四畳半を離れて立っていた。
「君、あの座敷の外にも出られるのか!」
 てっきりあの一間でしか行動できないのだと思っていたが彼女は今板間の上に立っている。
「畳のある建物内は自由に歩けるの」
 気づけば彼女は人の女の子ほどの大きさをしている。
 最初二人きりだった時はあんなに小さかったというのに。
 彼女についての謎は深まるばかりだ。
 今宵は彼女の身の上話でも聞くことにしようか。
 どうも今はうちに帰れそうにない。
 さっき叔父とは一緒に飯を食えないと言ったが、後で座敷童子に聞いた話によると、彼女が叔父にした制裁というのは、叔父が大事にしていた私物の骨董品ベスト3を破壊したとのことだった。
 どうも叔父はあくどい商売をしていたそうである。
 なぜ叔父があくどいことをしていた、という事が分かるのか、と聞いても彼女は曖昧に微笑むだけであった。
 
 今後僕は探し屋家業の傍ら彼女に振り回されていくのであろう。
 しかし忙しいことは嫌いではない。
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