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テイクアウト 前編

 ぷうんという蚊の羽音で私は目覚めた。
 全身に鳥肌が総毛立つ。
 私はパッチリと目を開けた。
しかしながらこれは、あまりいい目覚めではない。
 というよりか最悪である。 
 いや、しかし、最悪というのは最も悪いという意味であって、厳密に言うと今の目覚めは最も悪いというわけではない。
 だがしかし、限りなくそれに近い目覚めといえよう。
 ちなみに本当に最悪なのは、瞼を刺された上で蚊の羽音により目覚めることである。
 そのような朝こそ最悪であり、しかもそれが文化祭の日の朝となるともう目も当てられない。
 ちなみに去年の中2の文化祭当日私はそのような目覚め方をした。
 急に動悸が激しくなり、慌てて瞼に手をやったが、そこに特に違和感はなかった。
 どうやら奴さん、瞼には手をつけなかったようである。
 私はほっと安堵したが、それと同時に目が冴えてしまった。
 むっくりと起きあがると、目線の先には風になびく遮光カーテン。
 私は窓を開けて寝た覚えはない。
 ごそごそとベッドの上を這いずり、カーテンを少し開けると、朝の日差しが私の目を貫いた。
 そこで勇者に倒される魔物のような声を上げそうになり私は必死にこらえた。
 いや、今の例えはよろしくないだろうか。
 おまえは勇者に倒されようとしている魔物の悲鳴を聞いたことがあんのか、このやろう。
 と、ぼんやりと寝ぼけた頭で自分を罵倒した。
 私は目を瞬かせつつ、ベッドから降り、カーテンを開ける。
 うっすら開けた瞼からさわやかな光が射し込み、闇の住人的私の瞳はいやいやした。
 そこをどうにかなだめて目を開け、私は大きく伸びをする。
 時計を見れば八時だった。
 私は何となく複雑な気持ちになる。
 早く起きられたという事は創作活動をする時間が増えたという事であり、大変喜ばしいのだが、最近は寝不足が祟って、学校の授業中大変眠い。
 明日は朝早くに起きて映画を見に出かける予定なので、できれば今日はぐっすり昼まで寝ていたかったのだ。
 それもこれもあの蚊のせいである。
 ぐるりと室内を見回してみるが、忌々しい黒い点の姿はなかった。
 ここは是非とも、蚊を退治するベープなどの類の秘密道具をセッティングしたいのだが、残念なことに混沌としていろんなガラクタが絡んで絡んで絡み合って怪しげな気配漂う棚を捜索する元気は今の私にはなかった。
 私は腹が減ったのである。
 私はこの室内のどこかにいるであろう、諸悪の根元に一睨み利かせるべく、室内をぐるりぎろりと見て、自室から出た。

 : 

 部屋から出て、短い廊下を通り、台所へ向かう私。
 台所に入ると、食卓机の上に、何か紙が置いてあるのが見えた。
 見ると、おかんの置き手紙である。
 どうも母は既に仕事へ出かけた模様。
 置き手紙には、ゴミ捨て、とだけ書かれていた。
 このメッセージは簡潔すぎやしないか、と思いつつ、食卓机横の戸を開けると、そこには外へ通じる扉に寄り添うようにして、黄色いゴミ袋がちょぼんと佇んでいた。
 ふんわりと生ゴミの臭いが鼻を突く。
 私は3秒ほど、夢と希望と食欲の残りかす等々が詰まったその袋を見、戸を閉めた。
 あの袋の中には生ゴミ等生活廃棄物のほかに、ボツにした小説やテストの答案が入っていた。
 あのような苦い記憶は燃えてしまえばよろしい。
 私はとにかく腹が減ったのだ。
 何か食したい。  
 私はとりあえず食器乾燥機から茶碗を取り出し、炊飯器のふたを開けた。
 そこでほかほかと湯気を上げる白米が顔を覗かせる、という情景を期待した私だが、そこにあったのはつるつるした金属色丸だしの釜だけであった。
 金属は食えない。
 否、悲観すべきはそっちではない、そう、飯がない。
 私は愕然とした。
 米を炊くところから始めろというのか。
 私は仕方なしに、流し台の下の扉を開けた。
 そこには巨大なタッパのような入れ物の中に米が入ったものがある。
 とりあえず四合炊くことにし、カップで米を四杯、釜に入れ、ざかざかと水で洗う。
 二回ほど洗ったところで、水の量をメモリにあわせて、ジャーにセット。
 これで後は30分ほど待てば自動的にほっこり米が炊ける。
 そして、私はおかずはどんな物があるだろうかと冷蔵庫を開けた。
 再び私は愕然とした。
 中に入っていたのは中身がないに等しい牛乳パック1本と、イカの塩辛が詰まったタッパだけだった。 
 とりあえず塩辛を取り出し眺めてみるが、あまり食欲が湧くものでない。
 私は食べず嫌いであった。
 おかんがたまにどこからかもらってきてそれを食べているのを見かけるが、私にはそれがあまりおいしそうに映らなかった。
 取り出してはみたものの、食わないのなら見ているだけ無駄である。
 私は無言でそれをしまい、家捜しを開始した。
 
 今日おかんは通常通りの勤務だと言っていたから夕方まで帰らない。
 いくらおかんがずぼらでも、育ち盛りの私の昼食を何も用意せずに出かけるはずはない。
 しかしコンロに置いてあった鍋は全て空であった。
 冷凍庫の方を見てみると、弁当の具に使われる冷凍食品しかなかった。
 それらを勝手に食べることは許されていない。
 家中を探して腹が膨れそうな物が何も見つからなかった際はそれに手を出すしかないが、早まってはいけない。
 とりあえず食べられる物がないか隅から隅まで探してから、それを食すべきであろう。
 私はうんうんとうなずき、次はお菓子保管所へと向かった。
 台所の食器棚横、小さなワゴンには大抵おやつが保管されている。
 おかん用と私用、一応分かれてはいるのだが、おかんは食べたいと思ったものを勝手に食べるので、私のお菓子にもお構いなく手を出す。
 いくら文句を言っても聞かない。
 しかし、逆に私がおかんのお菓子に手を出すと家中に雷が落ちる。
 テレビを見せない、朝起こしてやらない、弁当作ってやらない、お菓子買ってやらない、携帯禁止、ゲーム禁止、パソコン禁止、マンガ・本禁止、電気を使うのさえ禁止。
 私の娯楽はすべて奪われ、学校以外外出禁止にされる。
 おかんのお菓子に真っ当な理由なしに手を出してみよ、私は泣きながら謝るほかない。
 ちなみに前回おかんに我が菓子を取られた積年の恨みを晴らすべく怒り心頭の気持ちでおかんの菓子に手を出したが、仕事から帰ってきた後のおかんは私の怒りなど到底足元にも及ばぬようなストレス、つまり火種をため込んでいた。
 私は普段ストレスなど微塵も溜まらないような、ふんわりした人間である。
 お菓子を食べられたくらいの怒りではおかんの火薬庫から吹き上げた炎を飲み込むような火など出ようはずもない。
 私の怒りなどミジンコ並みである。
 おかんの怒りの前では私の姿など見えなかった。
 ただただおかんの怒りに圧倒され、私はあっと言う間に飲み込まれた。
 しかし飲み込まれているままでは焼け焦げて、塵と化してしまう。
 それはいけない、私は未来あるお子である。
 こんなところで家の隅の埃と化している場合ではないのだ。
 私は消火活動を開始した。
 つまりそれこそ、泣いて、謝る、である。 
 私が泣くなどということは滅多になかった。
 いや、映画等で感動して、ちょっと泣いちゃう、くらいはある。
 しかし、痛み、恐怖で泣く、ということは小学校低学年以来なかったと思われる。
 もちろんその後もそういう風に泣いたことはあるかもしれないが、痛みや恐怖で泣くということは屈辱の極みであったため、記憶を自主的に消去したのかもしれない。
 とにかく、おかん大炎上のあの日、私は久しぶりに感動による清らかな涙でなく、屈辱に染まった流したくもない汁を流したのである。
 この恨み晴らさずでおくべきか!
 私は一人目を剥いた。
 この場合は正攻法である。
 私は食べるものがないために、おかんのお菓子に手を出したのだ、文句があるなら私が食すべきものを誰が見てもわかるように明確に示しておくべきだ!
 私は意気込んでワゴンの前に仁王立ちした。
 私のおやつは右サイド、おかんのおやつは左サイド。
 既に私に分のおやつは食べ終わった後である。
 昨日に一週間分の最後の一袋を食らった後だ。
 今日はおかんが毎週お決まりの買い物に行く日である。
 今日はまた一週間分のお菓子が補充されるのだ。
 いや、待てよ?
 そこで私は重要なことに気づいた。
 さっきまで燃え上がっていた闘志が音を立ててしぼんでいくようだった。 
 今日が買出しの日であり、昨日までに私のお菓子は消費された。
 それはおかんも同じなのではなかろうか。
 案の定覗き込んだワゴンの中には何もなかった。
 三度私は愕然とした。
 ここまでうだうだと頭の中でおかんに対抗するための怒りという黒いものでなく、闘志という清らかで強い炎を猛らせていたというに、菓子がなければお話にならない。
 私はへたりこんだ。
 
 そして何気なく目線をずらすと我が腕に黒いものが。
 蚊である!
 私は確実に奴をしとめるべく手を振りあげ、目も眩むようなスピードで手の平を振り下ろしたのだが、蚊の姿は手の内になく、目を剥く私をあざ笑うようにそいつは耳元で羽音を響かせた。
 ここに蚊取り線香でもあれば!と心の底から思うが、ないものはない。
 確かどこかに蚊取り線香が入っていた大きな缶があったが、あの中身は空であった。
 蚊取り線香さえあればその缶にセットしてすぐにでも焚くことができるのに! 
 私は膝を叩いて勢いよく立ち上がった。
 そして立ち上がると同時にぴんときた。
 私は駆け出し、流しの下、米の入れ物がある横の扉を力任せに開けはなった。
 そこには光輝く、カップヌードルの姿があった。
 私は救世主を手に取り、早速そのベールを剥がそうとしたが、私の理性がストップをかけた。
 確かに今とても腹が減っている。
 しかし今このカップめんを食してしまえば昼飯がない。
 一応米だけはあるが、米だけの昼食ほどわびしいものはない。
 せめて卵の一つでもあれば、一食山盛り卵ご飯で乗り切ることもできようが、それもない。
 これは昼にとっておくべきだ。
 昼になれば腹一杯食べられる。
 カップ麺一杯だけでは私の胃にはささやかすぎる贈り物であったが、残ったスープにご飯を入れてみなさい、胃は大満足であろう。
 私は丁寧に扉の奥にカップを安置し、戸を閉じた。 
 本来ならば昼まで眠りについている身である。
 今日は蚊というお邪魔生命体の襲来により目が覚めてしまったが、普段なら昼まで寝て朝食と昼食は兼用である。
 通常なら朝飯は食わずともよいはずなのだ。
 起きて活動しているということは誤算であるが、私は骨と皮しかない食事をとらねば死んでしまいそうな体ではないので、朝食を一度抜くくらいの打撃は屁でもない。
 私はむしろ、余分な肉が多い方である。
 食わなければ余計なものはつかない。
 育ち盛りの身として朝食抜きはいかがなものか、というところだが仕方あるまい。 
 私はゴミ捨てへと出向くことにした。

そうだ、パリへ行こう

 最近買ったばかりの真新しいカーテンが風に靡いて揺れている。
 通販で買ったレースのカーテンで、私はなかなかに気に入っていた。
 そのカーテンが掛かっている窓の下、そこには私お気に入りのソファーが置いてあるのだが、彼はそこに横たわり、顔の上に旅行雑誌を広げて見ていた。

「フランスに行きたいな」
 唐突に彼は言った。
 見ると彼の読む雑誌、今月はフランス特集である。
「フランス、っていったらパリ?」
「そうだな、パリに行ってみたい」
 彼は雑誌から目を離し私の方を向いた。
「パリっていったら芸術の都でしょ?あなた美術の成績最悪じゃない」
「世の中は成績で決まる訳じゃない。どんなに美術の成績が悪かろうと僕は芸術が好きである!」
「そんな事言ったってあなたの描く絵はとても芸術には見えないわね」
 あんなちびっ子の落書きみたいな絵、と呟く私から彼は即座に視線を逸らした。
「はいはい、先生は絵がうまいからねぇ」
「あら、私を先生って言うんなら、これからでも絵の勉強をさせてあげたってよろしいのよ?」
「残念、俺が好きなのは国語だ。先生、国語が大好きです」
 彼はくつくつとふざけたように笑った。
「ジャパニーズが好きな生徒がよくフランスに行こうと思うわね。あなたフランス語話せる?」
「残念ながら俺はジャパニーズは好きだがフレンチは好きではない」
 私は盛大に溜息をつく。
「なぁに、現地に行けば翻訳してくれるガイドさんがつくさ。心配はいらない」
 私はそう、とだけ短く返事を返し、少し話題を変えた。

「あなた、フランスに行ってどうするの?美術館巡りでもするわけ?」
「それもいいなぁ」
 彼はにこにこと笑いながら雑誌をめくる。
「でもフランスといえば美食の国でもあるだろう?」
「そうなの?私フランスの事なんてほとんど知らないから」
「芸術の本場だっていうのは知ってるくせに?」
「それは私は絵が好きだからこそよ。食にはあまり興味はないわ。ま、フランスパンくらいはしってるけど」
「そう、それだよ!」
 彼はいきなりソファから飛び起きた。
 目を丸くする私をよそに彼は話を続ける。
「そのフランスパンに上質なチーズとワイン。最高だね!」
 私ははぁ、と気のない返事を返す事くらいしかできない。

「それにフランスといえばエスカルゴだ。ぜひ食してみたい」
「えぇ?何で蝸牛なんか好き好んで食べなくちゃいけないわけ?あなた正気?」
「正気に決まっているじゃないか。珍味だよ、珍味!死ぬ前に一度食べてみたいと思っているんだ、僕は!」
 私は蝸牛やナメクジのあのぬめぬめとした体を思い出し、それを食べると思うと体中に鳥肌が立った。
 人間は何でも食べる。
 よくもまぁあんなぬめぬめぶにぶにしたものを食べようと思い立ったのだ。
 最初にあれを食べようと思った人は正気の沙汰とは思えない。
「そんな風に見た目で判断しちゃいけないよ。それだから君は食わず嫌いなんだ。ウニもイクラも生魚もだめじゃぁ、寿司が食べられないではないか」
「あんな生臭いもの私は食べたかないわ!」
「君は人生を損している!」
「い、今は、エスカルゴの話でしょう?寿司の話じゃないわ」
 私が言うと彼はむうんと唸り、腕を組んだ。
 そして不意に手をぱちんと打った。
「よし、いつか一緒にフランスへ行こう。そして一緒にエスカルゴを食べるんだ。きっと君の食わず嫌い克服のきっかけとなってくれる。蝸牛は君の人生を切り開く鍵となってくれるさ!」
「いや、私は芸術には興味があるけど、食には・・・」
「食だって美しく盛りつければ芸術だ!よし、僕はこれからもりもり働くぞ!」
「も、もりもり?」

 かくして彼と私は半ば強引に一緒にフランスへ旅行する約束を交わした。
 風に揺られるレースのカーテンは白地に赤と青の模様。
 奇しくもフランス国旗のような色調であった。

  :

「寿司って美味しいわね。エスカルゴに比べれば、うんと」
 私は彼との約束を果たした。
 エスカルゴも食した。
 私はそれで勇気をもらい、あれだけ食べる気の起きなかった寿司をもりもり食べるようになった。
「まったく、そんなんじゃ太るぞ。僕はスリムな奥さんがいい」
 
ちなみに、私達の新婚旅行先はフランスであった。

個性的で平凡な先輩

(部活で”のっぺらぼう”、”ドラム缶”、”俺は普通を愛しているんだ(アイ ラブ 普通 でも可)”というお題のもと、書いた短編です)



「ドラム缶風呂に入りたい」
 今度の先輩のお願いはそれだった。
 


 私と先輩は春、私が学校に入学したての頃に知り合った。
 いや、再会した、という方が正しいかもしれない。
 彼は昔、私が事故に遭いそうになったところを助けてくれたのだ。
 当時の事はほとんど記憶にないが、「大丈夫?」と聞いてきてくれたあの声ははっきりと覚えている。

 そして、私はこの春偶然その恩人に再会した。
 聞き間違えるはずがない、その魅惑の声を。
 その声はばっちり私好み。
 私は声に気づくやいなやどうにか先輩に話しかけ、会話する事に成功した。
 そして私はそのときあまり深く考えなかったために、取り返しのつかない事を言ってしまったのだ。
 「ご恩返しをさせてください!」と。
 
 :


 あんな事言わなければ良かったのだ。
 当時の私は先輩と一緒にいられるなら、その声をもっと聞けるなら、という気持ちで言ってみたのだが、先輩の性格は私の想像を絶するものだった。
 わがまま、だとか、すごく態度が偉そう、だとかそういう訳じゃない。
 ただとんでもなく個性的な性格だったのだ。
 

 彼は最初私が恩返しをさせてくれ、と言った時「それじゃぁ、僕のお願いを聞いてほしい」とだけ言って、呼び止める私の声も聞かずすたすた去っていこうとした。
 慌てて追いかけると、先輩は平然とお願いを話し始める。
「学校から少し離れた所にとある空き家があるんだが、そこにのっぺらぼうがいるらしい。一緒に探しに行こう」
 それが先輩のお願いだと気づくのに少し時間がかかった。
 冗談かとも思ったが、先輩の顔は至って真面目で、冗談を言っているようには見えない。
 でも、先輩と一緒にいられる、いやその声をもっと長く聞けるなら、ということで、私は先輩についていった。

 それが私の運の尽き。
 空き家にどうにか進入し中に入ればそこにあったのはただのマネキン。
 それではのっぺらぼうはいなかったから今のお願いは無効ね、と勝手に決められ、次にお願いされたのが、虹の根本には宝が埋まっているらしいからそこを堀りに行こうという事だった。
 もちろん虹の根本になんて行けるはずもなく、それも無効となる。 
 その後も、山に登って一緒にUFOを呼ぼう、とか、温泉を堀りに行こうとか、化石を探しに行こうとか、白いタンポポを捜そうとか、足の生えかけたオタマジャクシを見ようとか、様々なお願い(というよりお誘い?)をされたけど、ことごとく失敗に終わった。
 失敗する度、成功しなかったからそのお願いは無効とされ、私は先輩に振り回され続ける日々が続いた。

 しかしどんなに変わっていようと私は先輩(の声)が好きだった。
 そして、先輩がどんなに無理難題、不思議な事を言おうと決して先輩を個性的、とか、変わっている、とか言ってはいけない。
 一度だけ「先輩ってかなり変わってますね」と、何気なく言ってしまった事がある。
 そのときの先輩の変わり用は半端ではなかった。
 いっつもぼやっとしている口調が急に重くなるのだ。
 声はいつもよりずっとはっきりし、明らかな怒りのような感情が伺えるものになる。
 ただそのときの先輩の口調と声っていったらキャー!と声を上げたくなるほど、私好み!
 なんだけど、先輩の口調がクールになるのはほんの一瞬だけ、その間に謝ればよかったのだけど、声に聞き惚れ黙り込んでしまった私は先輩の逆鱗に触れた。
 その後の先輩はネジが外れたように「俺は普通だ!平凡だ!I LOVE 普通!!」と自分がどれだけ普通の学生かということを数時間にわたって説明された。
 あのような悪夢はもう二度とごめんだ。

 だから私はまた先輩のお願い的お誘いを受ける。
 今回はドラム缶探しだ。
 今度こそお願いを達成できる事を願い、私は先輩と町を歩く。

 けど、私はこの先輩と歩く一時が嫌いじゃないよ。

好きなもんは早めに食べた方がいいよね

(文芸部で”さよなら”、”懐中電灯”、”乾燥機”というお題で書いた掌編2つ目です、かなり短め)


「腹減った!」
 私は掛け声のように大声を出すと、勢いに任せて、戸棚を開けた。
 しかし私の目の前にあったのは食料ではなく、ただ懐中電灯が1本転がっているだけだ。
「くそぅ、あたいのおやつはどこじゃぁ!!」
 私は振り返り、何となく懐中電灯のスイッチを入れてみる。
 懐中電灯の光の先には何事かと見に来た猫の姿があっただけで、猫は私が声を出したと同時に、驚いて走り去ってしまった。
 私は溜息をつき、懐中電灯を元の場所に戻す。
 なぜ、こうも必死で私がおやつを探しているかというと、腹が減った時のために大事にとっておいたチョコレート菓子がなくなっていたからである。
 そのお菓子は本当にお腹が空いたときに食べるため、家族公認のお菓子置き場にずっととっておいた。
 家族みんなそれが私のお菓子だと知っていたので手を出すことはないはず。
 お父さんは今仕事、お姉ちゃんだって遅くまで部活があるし、お母さんは買い物に行ってまだ帰って来ていない。
 私は今世紀最大の空腹に襲われているというのに、家に誰もいないとは!
 冷蔵庫を覗いても特にめぼしい物は入ってないし、お菓子置き場をくまなく探したけど何もない。
 レンジの中、コンロの上、戸棚の中、ダイニングテーブルの上、机の引き出しの中、炊飯ジャー、床、食器棚、乾燥機、ポット、布巾の下、水筒、コップの中、弁当箱、至る所を覗いたけれど、食べれそうな物はなかった。
 見つけたのは、猫の餌とナメクジの子供くらい。
 ろくな物がなかった。
 そして途方に暮れたとき、玄関の開く音が。
 救世主!と駆け出すと、帰ってきたのはお母さん。
「ねぇ!私のおやつ知らない?」 
 私が聞くと母はきょとんとした顔を浮かべた。
「うん?あぁ!あれね!」
 しかし、すぐに思い出したように笑顔を見せる。
 お母さんはどすんと買い物袋を置くと、笑いながらこう言った。
「あんたいつまで経っても食べないから、食べちゃったわ!」
 私は目の前が真っ暗になった。
 お母さんの腹の中で、チョコレート菓子のキャラクターが「さよなら」と手を振っているのが見えた気がした。

さよならの相手は

(文芸部で”さよなら”、”懐中電灯”、”乾燥機”をお題に書いた掌編です)

「さよなら・・・」
 私は涙を滲ませ、彼に触れた。
 もう何も言わない彼の体は冷えきっている。
 何故、こんな事になってしまったのだろうか。
 
  :

 今日は朝からじとじとと雨が降っていた。
 ただ、家を出た時は、ほとんど気にならない雨だったので、そのうち止むだろう、と雨具を何も持たず自転車に乗った。
 カゴの中は鞄が大体の面積を占めていて、そこに合羽を入れるというのは至難の業だったのだ。
 学校に着いた時も雨はあまりひどくなく、服や荷物が軽く湿ったくらいだった。
 私は自転車のカゴに入れていた鞄を肩に掛け、教室へと向かう。
 その鞄の中には、授業に使う教科書類の他に、小説やイラストを描くためのノート数冊、イラスト用のペンが数十本、傷だらけの電子辞書など、様々な余分だけど大事なものが入っていた。
 私は教室に入ると、早速席に着き、イラスト用のノートとペンを取り出す。
 昨日の夜、ペン書きしたイラストに、色を塗るためだ。
 そして、それらを取り出したのには、もう一つ理由があった。
「あ、また絵、描いてる!」
 そう言って人懐っこい笑みを見せてきたのは、私の前の席の男子。
 彼は椅子に逆向きに座り、背もたれを抱えるようなポーズをしている。
 彼の名前は何だったろう?
 私はこの高校に入学したばかりで、周りにいる生徒の名前をほとんど覚えられていない。
 周りは名前も知らない人ばかり、人見知りをする私はなかなか人に話しかけることができなかった。
 知らない人だらけだというのは周りの人も同じはずなのだが、周りを見渡してもほとんど全員誰かと楽しそうに話している。
 他の人達に自分から話しかけていく事ができない人見知りの私でも、イラストを描いていれば、周りの人が話しかけてきてくれる。
 彼も、そんな私の作戦にまんまと引っかかってくれた一人だった。
「君、絵うまいね。俺こーいう絵好きだな」
 ちらりと私のイラストに目をやった後、じ、と私の顔を見る彼。
 私の顔は心なしか熱くなった。
「そ、そうかな?」
 私は反射的に目を逸らす。
「・・・わ、私絵を・・・」
 絵を描き始めたのは最近なんだ、と言おうとしたところで、チャイムが大きな音で鳴り響いた。
「あ、時間だ」
 彼は私が何か言う間もなく、体を前に戻してしまう。
 大した事を言おうとしていたわけではないので、こちらから話しかけるのは憚られた。

  :

 こうして彼に話しかけられない内にホームルームの時間や授業は過ぎていった。
 その代わりと言うとなんだが、他の女子数人から話しかけられ、私には同じ趣味を持つ新しい友人が何人かできた。
 しかし、悲劇はその日の帰りに起きたのだ。

    :

 外に出ると、雨は今朝学校に来たときよりずっと強くなって、私を待っていた。
 しかし、私は傘も合羽も何一つ持っていない。
 濡れて帰る他なかった。
 私は自転車のカゴに鞄を乱暴に突っ込み、自転車に乗る。
 そしてできるだけ急いで強く、ペダルを踏んだ。
 顔に雨の滴が次から次へとぶつかってきて、目を開けていられない。
 それでも、私はできるだけ早く帰ろうと、自転車をこぎ続けた。
 立ち並ぶ店が私の横を流れていく。
 道路はいつもより車が多く、路面電車の方をちらりと見ると、中にはたくさんの人が詰まっていた。
 その分私の走る歩道は、町中にも関わらずかなり空いている。
 邪魔になるようなサラリーマン達の姿もなく、私は速いスピードを保ったまま進み続けた。
 が、いくら早くしたくても信号に関してはどうしようもない。
 信号が赤になれば、いくら歩道が空いていようが止まるしかなかった。
 私は信号に引っかかってしまい、イライラと舌打ちをしたが、その時ある事を思い出した。
 雨で慌てたせいですっかり忘れていたが、私は音楽プレイヤーを持ってきていたのだ。
 MP3プレイヤーというやつである。
 私は鞄の外ポケットから、カゴに邪魔されながらもどうにかそれを取り出した。
 音楽を聴けば少しはこのイライラも払拭されるだろう、と考えたのである。
 しかし、MP3を取り出したところで信号が変わってしまう。
 私はもう一度舌打ちをすると、MP3をポケットに突っ込んだ。
 イヤホンをつけるのは次信号に引っかかった時にしよう。
 こう考えてしばらく走った時だった。
 前方になんだか妙に見慣れた背中が見える。
「あ」
 思わず私は声を上げた。
 それは私の前の席の、例の男子。
 傘を差していたので、少し印象が違って見えたが、授業の間ずっと見えていた背中に間違いなかった。
 家の方向こっちなんだ、と少し意外に思いながらも私は横を通り抜けようとする。
 そこへ急に車が飛び込んできた。
 その瞬間、雨雲の立ちこめる暗い空に光が走り、上空から地響きのような音がした。
 そして、どこか遠くから何か大きな音がした気がしたが、私はよく覚えていない。

     :

 はやる胸を押さえ、私は家に駆け込んだ。
 天気が悪いせいで外が暗いからか、家の中はほとんど何も見えない。
 電気をつけようにも、いくらスイッチを押しても明かりは灯らなかった。
 ブレーカーでも落ちたのだろうか?と、私は懐中電灯を探す。
 髪も足も服もどれも塗れた上に汚れており、気持ちが悪い。
 早く風呂に入って着替えてしまいたかった。
 私は手探りに懐中電灯を探し出し、どうにかスイッチを入れる。
 幸い電池は切れておらず、何とか周りの様子が見えるようになった。
 そして、玄関に近い壁についていた、ブレーカーを照らす。
 見ると一つ、つまみが下を向いていた。
 私は部屋から椅子をとってきてそれに上り、ブレーカーを上げると、ぱっと部屋の電気がつく。
 私はようやくほっと一息つき、汚れた上着を脱いで洗濯機に投げ入れた。
 洗濯は機械に任せ、私はすぐに風呂へ入ったのだ。

     :

 そして、今。
 改めてもう一度彼に触れるが、彼は無言のまま何も言わない。
 今朝まで元気だったのに。
 涙ぐむ私の目の前にあるのはMP3プレイヤーだった。
 そう、彼が犠牲になったのだ。
 学校に行く前には軽快な音楽を流し、私に元気をくれたというのに、今彼は洗濯機にもみくちゃにされたあと、乾燥機でさらにもみくちゃにされ、完膚なきまでぶち壊されてしまったのである。
 おまけに長い間使っていたお気に入りのイヤホンも壊れてしまった。
 あの時、私が自転車に乗って走っていた歩道に、車が突っ込んできた。
 私は例の男子の背中を見ていたせいで、車が近づいてきていた事に気づけなかったのだ。
 車の運転手は私が車を認識していると思っての運転だっただろうし、歩道のすぐ脇にあった建物の駐車場に入ろうとしていたというだけで、運転手に非はない。
 実際私が思いきりこけた事にも、車の運転手は気づいていないようだった。
 そう、私はいきなり視界に入ってきた車にぶつかるまいと、思い切りブレーキをかけハンドルを右に切ったのだ。
 急な事だったため自転車の車輪は思い切り滑り、私は歩道に投げ出された。
 しかし、幸いな事に怪我はなく、荷物もカゴに引っかかっていたからかすっぽりそのまま収まっていたし、自転車も特に壊れてはいないようだった。
 私は体のあちこちが痛かったが、すぐにむくりと起きあがる。
 そして俯いてみれば、真っ白だった上着は見るも無惨に泥で汚れていた。
 雨のせいで歩行者は少ないものの、後ろには同じ学校、同じクラスの生徒がいるのだ。
 私はいてもたってもいられなかった。
 服をはたく暇もない。
 私は慌てて自転車に駆け寄り、普段鈍くさい私からは想像もできないようなスピードで動き回り、自転車に飛び乗ってその場を去った。
 その時は本当に散々な天気だった。
 雨はあの時がピークだったのだろう、バケツをひっくり返したような大雨で、空は稲光が走り、終始ゴロゴロと唸っていた。
 それとよくは覚えていないが、私がこけた瞬間、雷が落ちたような、地響きにも似た音が遠くから聞こえた。
 家のブレーカーが落ちていたのはもしかするとその雷のせいかもしれない。
 私は家に帰った時、一心不乱に自転車をこぎ続けたせいで、体力をかなり消耗していた。
 そして、懐中電灯を探ているうちにすっかり体温も奪われてしまったのだ。
 なので、ブレーカーを上げた後、私はすぐさま服を脱ぎ、脱いだ服を全部放り込んで洗濯機の電源を入れ、洗濯を開始したのを確認して、急いで風呂に入ったのである。
 MP3の存在を忘れて。
 ほのかに洗剤の香りのする彼は、今やただのガラクタと化していた。
 私はただただ悲しむ他ない。

 それ以降、私は雨が降りそうなとき、きちんと合羽を自転車のカゴに入れるため、鞄をスクールバックからリュックに変えた。
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