スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

非凡レール 2話 3


 そろそろ町のみなさまが起きてくる頃合いである。
 そのためか道を歩く先生は幾重にも頭に手ぬぐいやらタオルを巻き、その先生の周囲を人間に化けた狸と狐が取り囲む事となった。
 少し異常な見た目をした怪しげな集団が町の通りを歩き、にわかに賑わい始めた通りは再び静まり返った。
 俺は少し人目を気にして、その一団から少し離れた所を歩く事にする。
 しかし一団と離れて歩くとなれば話し相手がいないので、俺は暇つぶしに各狸や狐達の化け姿を眺めてみる事とした。
 まず目つきの悪い”いー”とかいう狐はさっき地下で化けた時と同じような長身の男の姿に変わっている。
 耳に巻いていた青いスカーフは頭に無造作に巻いていた。
 そしてその弟である”あー”という雄狐はなにやらガキ大将のような体型をしている。
 年は中学生くらいか、半袖Tシャツに短パンという何とも子供らしい格好だ。
 ツンツンと立った髪は狐の時の面影があり、どことなく可愛らしいが、その細目はあまり可愛らしいといえるものではない。
 そして彼らの母、”すー”はというと彼女もまた狐の時の面影が残る格好をしていた。
 狐の時と同じく、彼女の髪はくるくると渦を巻き、みんなのお母さんといった容姿である。
 割烹着のような服に、茶色いズボンと、まるで食堂で働いているような出で立ちだ。
 そしてその“すー”の娘、末っ子の”さん”は、確かに化けるのが下手なようだった。
 幼い顔にまん丸の目、なかなかに可愛らしい姿に変身できているのだが、問題はその髪型である。
 狐の時、耳の長さが左右で違い、左の耳が短く、右の耳が普通の長さだったのだが、人の姿を持ってもその特徴は明らかだった。
 というのも髪がとても大きくはねているのである。
 頭に長い耳が生えているかの如く髪がはね、特に頭の右側のはねは大したものだ。 
 あのような寝癖はどんなアクロバティックな寝方をしたらつくのか、と思わず聞きたくなるような髪型であった。
 さて、では他に変な頭がいないかといえばそういうわけでもない。
 俺の目は今時芸人くらいでしか見ないマッシュルームヘアを捉えた。
 さらさらの黒髪は、丸い頭にフィットし、意外と似合っている。
 彼はあの表情からして狸の”とろわ”だろう。 
 人間に化けてもあのやる気のなさそうな目つきは変わっておらず、どこか謎めいた雰囲気も健在だ。
 ただ、その黒の長袖ハイネックに白ズボンという暑苦しい格好はやめてほしい。
 それに比べ彼の前を歩く”あん”の涼やかな格好といったら!
 彼女は高校生くらいの女の子の姿に化け、水色を基調とした、リボンの飾りが愛らしいワンピースを着ている。
 長く垂らした髪は少しウェーブしており、どことなく高級感が漂う。
 そして彼女の横に並んで歩くのが”どぅー”。
 人間に化けても彼と”あん”は顔がそっくりだ。
 彼は”とろわ”と似たヘアスタイルだが、さらさらマッシュルームではない。
 彼の頭はふんわりしており、どことなく狸の時の名残があった。
 カッターシャツに黒いズボンという出で立ちは学生のようで、彼もまた高校生くらいに見えた。
 こうして俺は一通り人間に化けた狐と狸を見ていったわけだが、みんな特徴的で、どこか動物の姿の時の名残があった。
 名前も特徴的だし、すぐに誰が誰だか覚えられるだろう。
「おい、青年。ついたぞ、ここが民宿になるのじゃ」

 :

 海岸に立つ廃墟のようなその建物は俺が目覚めた場所であった。
 そのほったて小屋は外から見ると何とも不気味であるが、実際中にはいるとなかなか快適である。
 以外としっかりした作りになっており、畳も綺麗な色をしている。
 どうもこの建物が俺の家兼民宿になるようだ。
「それじゃ、わしは用事があるからの。狸どもにはここの掃除を任せておいた。ゆうすけの事も、のっぺに任せてある。おぬしは家の横にある倉庫へ向かいなさい」
 と言うと先生はすたすたとどこかへ去って行こうとする。
「ちょ、ちょっと待ってください、倉庫に行ってどうするんです?」
「行けばわかる。わしは忙しい」
 引き留める俺には目もくれず先生は一人、今来た道と反対方向、つまりは先生の根城であるビルとは正反対の方向に去って行ったのである。
 仕方ないので俺は先生に言われた通り、家の隣に建つ物置のような倉庫へ足を向けた。

 :

「こんにちは、オーナー」
 薄暗い倉庫を覗いた俺のすぐ背後で声がした。
 俺はいつぞやにも出した、蛙が潰れたような呻き声を思わず漏らす。
 振り返った先には、諸悪の根元、リョウと名乗る男の姿が。
「おまえ!」
「あらら、何をそんなに怒ってらっしゃるんです?住む場所保証付き、あなたにぴったり、言った通りの仕事じゃないですか。それにどんなに怒っても、元の家には帰れません。あなたの荷物は既にここに運んであるんです」
「何?!」
 それは些か仕事が速すぎやしないか。
 こいつと話を決めて今までまだほんの数時間しか経っていない。
 しかもこいつと話したのは真夜中、人々は寝静まる頃合いである。
 そんな時間に引っ越しセンターが動いているとは思えない。
「私には独自のルートというものがあるのです。その手を使って引っ越しも済ませましたし、ここに物資と食料も運び込みました」
 彼は倉庫の入り口を指さす。
「中、見てみてください。ちゃんと食材を運び込んでありますから」
 俺はいかにも不機嫌そうな顔で奴を睨んだが、奴さん全く意に介さない。
 仕方なく俺は倉庫の中を覗いた。
「壁の右側に電気のスイッチがありますよ」
 そうか、そういえばこの男は暗い中でも見えるとか言っていたな。
 だから倉庫は暗いままだったのか。
 俺はそんな事を考えながら、手探りでスイッチを探し、電気をつけた。
 そして俺の目の前に現れたのが、いくつも積まれたジャガイモの箱や、ネットに入った大量のタマネギ。
 その他ニンジン、米のタンク、野菜の種、畑用の砂、その他畑を耕したり野菜の世話をするためのグッズがごろごろ転がっている。
 見た感じ道具や箱はどれも新品のような気がする。
 この倉庫自体はとても汚れており、砂があちこち積もっているが、食料や道具は全く砂を被らず、なおかつピカピカではないか。
「どれも新しいものを仕入れてきたんですからね、感謝してくださいよ?」
 ただ俺は何か引っかかった。
「これはいつ運び込んだんだ?」
「ついさっきですけど?それが何か?」
 この倉庫は家と一緒に、俺がここに向かっている時から見えていたはずだ。
 しかし、倉庫の周りには誰もいなかった。
 一人でこれだけのものを運び込めるはずがない。
 しかもこの男はすっきりしすぎなほど痩せ細っているのだ。
 一体どんな手を使った?
「ま、ここは変な臭いがしますし、さっさと外に出ましょうよ。それにあなたには仕事があるんですから」
「仕事?」
 俺は半ば強引に倉庫の外に閉め出される。
 奴が消したのだろうか振り返ったときは既に倉庫の電気は消えていた。
「まぁ、立ち話もなんですし、そこにベンチがありますから座りましょう」
 背中を押され、俺は彼と並んで、家の脇にある木のベンチに腰掛けた。
「それで、仕事ってなんだ?」
 もう働くのか、と心の中で溜息を付きながら俺は聞いた。
 まぁ、ワガママは言えない。
 仕事をしに来たのだから働くのは当たり前である。
「オーナー」
「ふん?」
 オーナーねぇ、悪くない響きだな。
「あなたにはこれからお客様を迎えに行ってもらいます」
「客?もう客がいるのか?」
 今日ここで民宿を開くと決めたばかりというのに既に客がいるとは喜ぶ前に恐ろしい。
 何の準備もしていないのに、客を迎えられるわけがないではないか。
 俺は民宿という仕事については何一つ知らないというのに。
「あなたの仕事はまずこの一夏この民宿で働くことです」
「一夏?」
 もうばっちり期限が決まっているのか。
「えぇ、あなたは住む場所、食べ物、生きるためのものは保証されます。しかし、給料はありません」
 脳の活動が一瞬停止した気がする。
 俺たちの間を一陣の生暖かい風が吹き抜けていった。
 こやつなんと言った?
「もう一度言いますが、給料は・・・」
「ないとはどういう事だ!」
 それでは映画も見られないし、マンガや雑誌も読めないし、ゲームも買えなければ、遊びにも行けない、おやつも買えない!
「えぇ、それはですね。あなたの借金を全て私どもが払って差し上げたからです」
「そんなもの頼んでいない!」
「でもどうせ、働いたお金は借金返済に使うでしょ?あなたが滞納したお金、全部合わせると結構な額になりました。ここで働いたお金だけじゃあなた生計を立てられない状況ですよ?」
 俺は奥歯を噛み締めた。
 何か大変まずい状況になっている気がする。
 俺はこの男の手の平で踊らされている気がする。
 もう既に踊り狂っている気がする。
 全てが奴の思うがままではないか!
「悪いようには致しませんからご安心を。普通に夏を過ごしつつ、ちょっとした仕事をすればいいだけなんですから」
 こいつの言う普通が俺の思う普通と一致しているかについて、大変疑問だが、ここはグチグチ言ったところで仕方がない。
 どっちにしろ、この地にやってきた時点で何か働く事にはなっていたのだから、とりあえず仕事について話を聞こうではないか。
「それで、そのちょっとした仕事というのは何だ」
 まさか重労働ではあるまいな。
 俺は力仕事が苦手である。
 計算事もあまり得意ではない。
 つまりは働くのに向かない体質・気質である。
 こんな俺にできる仕事は限りなく数が少ないぞ、リョウ氏。
「あなたにやってもらう仕事というのは、この民宿での接客業、それからこの建物の維持、まぁ、掃除とかですか」
 そしてやつは、狐たちの世話や、妖怪たちに何かお願いされたら人間の身では絶対に処理できない難問以外は引き受けるようにしてくれ、とだけ言った。
「今のあなたには残念ながら頼まれた事を断る資格はほぼありませんからね」
「嫌な言い方だな」
「事実ですから」
 おまえに仕事を断る資格はねぇ!とは、なかなかに傷つく台詞である。
 まぁ、そんなこったろうと、思っていたのでダメージはあまりないが。
「でも、そんなに悲観する事はないですよ。妖怪方からの頼まれ事は僕の管轄外ですから、もしかするとお小遣いがもらえるかもしれません」
「何?!それは本当か!」
 おぉ、これで俺の暗雲立ちこめる未来に一筋の光が射した。
 これでミントガムと一夏のお別れをしないですむ。
「物資やら食糧の補給は僕がやりますし、料理の方も”すー”さんがやってくれるという事ですから、あなたは仕事がない間はのうのうと暮らしてただいて結構ですよ」
 何とも棘のある言い方だな。
 のうのうと、と言われても仕事がなけにゃ、のんびしする他ないではないか。
「まぁ、しばらくはあなたも忙しいでしょう。用があれば私の携帯に連絡を、あなたの携帯には既に番号入れてありますから」
「携帯?俺の携帯は・・・」
「携帯の料金も払っておきました」
 にんまりと笑う男。
 慌ててポケットを探り、携帯を出す。
 普段と変わらない待ち受け画面だ。
「あなたの携帯はちゃんと通信機器としての機能を復活しておりますからご安心を。あなたの人間の友達と連絡する手段もいろいろとご入り用でしょう?急に引っ越したわけですし」
 そういえば確かにそうだ。
 俺はつい先日まで住んでいた家に戻る事はもうないのだ。
「まぁ、ここには住んでいるものがものですから、他人を呼び寄せたりしないようにしてくださいね」
「無論だ」
 こんな所に友人を呼ぶはずがないではないか。
 俺がここで、魑魅魍魎達と暮らしていると知れたらこれからの学校生活に大いに支障を来してくれる事だろう。
 だいたい家に呼ぶほど仲のいい奴は一人を除きいない。 
 しかもそいつは今海外に旅行中って話だ。
 呼ぼうにも呼べない。
「それでは、お客様はこちらの喫茶店でお待ちいただいてますんで、部屋を見た後にでも迎えにいって差し上げてくださいよ」
 と彼は簡単な地図が書かれた紙を差し出した。
 というか簡単すぎる地図である。
 今いるこの建物と道と目的地らしき丸しか書かれていない。
 これだけの地図で大丈夫か?
 しかし、ここらは例のゆうすけ君のドラマと同じような町で、どこかで見た建物がたくさんあった。
 きっとドラマのロケ現場がここだったのに違いない。
 6年ドラマを見続けた俺だ、きっと迷って困る事はないだろう。
「では、私は他に仕事がありますんでね」
 彼はよっこらしょ、と席を立ち、町の方へと去っていった。
 俺は特に聞く事もなかったので彼の後ろ姿を少し見送り、建物内へと入った。

非凡レール 2話 2

「むむさんのアシスタントはどうじゃ?」
「俺の美術の成績は最悪です」
「それじゃぁ、狸共の店で売り上げの計算でも・・・」
「先生、俺は国語が大好きです」
「遠回しに言うな。・・・計算事も嫌じゃと・・・」
 ぬらりひょん先生は書類を、指を舐め舐めめくっていくが、なかなかに俺に合った仕事が見つからない。
「それに子供達の面倒を見ながら働けと言うのでしたら、それなりに自由の利く仕事でないと」
 俺は眉間に皺を寄せ、横を見た。
 そこには頬を赤らめて正座しているのっぺ君と、ゆうすけ君がいた。
 そうである。
 先ほどの物音の主はゆうすけ君こと、この白いふわふわしたものであった。
 そう、俺は奇しくもゆうすけ君のドラマの中に入り込むような形となったのだ。
 俺としてはゆうすけ君の加入は大歓迎であったが、当のゆうすけ君はかなり困惑していた。
 どうも彼はつい先日死んでしまった5歳の男の子らしい。
 名前も、漢字ではどう書くのか知らないが、ゆうすけ君である。
 彼の話を聞く限りでは彼の住んでいた建物の駐車場で三輪車に乗って遊んでいたところ、急に突っ込んできた車に轢かれて死んでしまったらしい。
 そして気づけば元の体がなくなって、今のような白くてふわふわした、なんと表現すればよいのか分からない体に変わっていたという。
 まぁ、ゆうすけ君の見た目は魂を絵に描いたような見た目である。
 人の形はしていなかった。
 まだ彼は死んでしまったという事に実感がなく、何故この世を未だにさまよっているのかも分かっていないようだった。
 ぬらりひょん先生と相談し、とりあえず彼が成仏するまで見守ってあげる事となった。
 ちなみにドラマもほとんど同じような流れで、ゆうすけ君が仲間になる。
 ただドラマの場合俺という存在はなく、ゆうすけ君の面倒を見ようと決めるのはぬらりひょん先生の独断である。
 ちなみになぜじいさんからいきなり先生付けでぬらりひょんの名を呼ぶようになったのかというと、ドラマ内で先生と呼ばれていたからであり、のっぺくんもそれに同じである。
「そうじゃの。たしかにゆうすけ達の面倒を見ないとならんからの」
「まぁ、先生が面倒見てくれれば万事解決なんですがね」
「そうじゃ、様子を見ながらでも出きる仕事が一つだけ合った!」
 あくまで先生は子供達の面倒を見たくないようである。
 面倒事が嫌いなのはこの先生も変わらないという事か。
「民宿をやるのじゃ」
「み、民宿?」

 :

「ほれ、こやつらが”あしすたんと”じゃ。自由に使うが良かろう」
 一人で民宿を経営するには大変だろうと、先生がなにやら不思議パワーで、俺の”あしすたんと”とやらを呼び寄せてくれた。
 どうも先生はテレパシー的なパワーを持っているらしい。
 さすが妖怪。
「先生、来い、だけでは何の用か分かりません」
 そして目の前のやけに目つきの悪い狐が言った。
 そう、先生が呼び寄せたのは狐4匹、狸3匹、計7匹の獣達であった。
「来いと言えば来れば良いのだ。どうせおまえ達は暇じゃろう」
 どうも先生は短い単語じゃないとテレパシーを送れない様子。
 まぁ、世の中そうはうまくいかないという事か。
 好きあらば携帯代わりに利用してやろうかと思っていた俺の企みは霧消した。
 実は携帯のパケット代等も随分と滞納していたのだ。
 きっと今俺のポケットに入った携帯は通信機器としての機能を失っている事であろう。
「まぁ、確かにやる事はないけどねぇ?」
「おい、“とろわ”!私はおまえほど暇ではない!」
 一人眠たげでやる気のなさそうな狸が口を挟んだが、目つきの悪い狐が一蹴した。
「“とろわ”?」
 それにしてもあの狸は“とろわ”という名前のようだが、どういう字を書くのだろうか。
 そもそも狸や狐の名を漢字で書くのか?
「あなたは?」
 首を傾げる俺を、目つきの悪い狐がじとっと睨んだ。
 狸達はやる気がなさそうなの意外、くりくりとした瞳をしており大層可愛らしい。
 狐達も目つきが悪いの以外はなかなかに愛らしい見た目をしている。
 彼らのふわふわした毛玉のような体に思わず頬ずりしたくなったが、ここは我慢しよう。
 あぁ、狸のなんと愛らしい事か、食べちゃいたいほど可愛らしい。
「そうじゃ、わしらもまだおぬしの名前は聞いておらんかったの。おぬし名前は何という?」
「え、あぁ。田中、といいます」
 狸と狐のもこもこに見とれていた俺は反射的に返事を返した。
「下の名前は?」
 しかしそこで俺は思いきり口を噤んだ。
 俺は幼少の頃より自分の名前が大嫌いだった。
 俺の名は今時聞かないものである。
 というか実際に聞くとすればギャグマンガの中くらいである。
 この名前のせいで小学校時代は散々からかわれ、中学時代は苛められかけ、高校時代は嘲笑われた名である。
 できる事なら口にしたくなかった。
 絶対俺にとって嫌な反応が返ってくるに決まっている。
 嫌だと分かっている事をする道理はない。
 だいたい今までの学校生活だって、俺は自己紹介の時からなにから、なんだかんだで下の名前をいうのは誤魔化してきたのだ。
 先生だって俺の名を呼ぶときは気を使ってか、名字でしか呼ばない。
「何だ、名前が分からんとなかなかに不便ではないか。はよう言いなさい」
 俺は先生、狐、狸、目に見えぬのっぺくんの目、その他諸々に見つめられ、ついに俺は口を閉ざし続ける事ができなくなった。
 何年ぶりだろうか、自分の口で己が名を言うのは。
 俺は数ヶ月分の勇気を自分の名を言うのに有した。
 それほどまでに俺の名前は俺の心に深い傷を残すものであり、トラウマであるからだ。
「ほれ、何をぐずぐずしておる。何も難しい事を聞いとるわけではないじゃろう」
 どうしても言わんとならんか!
 俺は悲しみの籠もった哀れな草食動物のような目で俺を囲む皆の顔を見たが、返ってきたのは取って食おうとする肉食動物のような目つき。
 あの狐はどこまで目つきが悪いのだ!
 俺を食う気か!
 俺は食べても美味しくないよ!
 が、しかし、より一層奴は睨みつけてきたので、俺は口を開かざるを得なくなった。
「お、俺の名前は・・・」
 一斉に注目する人々。
 いや、人じゃないな、こいつら。
 なんと呼ぼう?
 いや、そのような事は関係ない。
 もういい、もういいのだ、当たって砕けろ!
「俺の名前は田中太郎である!」
 風が入らないはずの地下室を一陣の風が走り抜けた。
「そうか、太郎というのか。覚えやすい名前じゃの」
 そして返ってきた反応は先生のそれだけであった。
 狐や狸はなにやら拍子抜けしたとでも言うように、大きく息をついている。
「なんだ?俺のこのこっ恥ずかしい名前を何とも思わないのか?」
「人間の名前についてなんか僕らは知ったこっちゃないね。それに君の名前よりか僕らの名前の方がよっぽど悲劇的さ」
「あらぁ、覚えやすくていいじゃないのよぉ」
 一人の雄狐と、少し年老いた雌狐が話し出したのを皮切りに狐と狸達は口々に話し始めた。
 彼らは時折話しながらちらちらと俺や先生、ゆうすけ君を見ている。
「これ、おまえ達!静かにせんか!」
 そこを先生が一括した。
 なかなかの迫力に狐達はひとまず押し黙る。
「よいか、呼んだからにはそなた達にそれなりの用事があるのじゃ。わざわざ新入りの自己紹介のためだけにわしが力を使うと思うたか」
「思ったね」
 ぼそりとやる気のなさそうな狸君が言ったが、目つきの悪い狐にしっぽで口を叩かれ、彼は悶絶した。
 どうも目つきの悪い奴のしっぽは柔らかくなさそうである。
「よいか、おまえ達。いつぞやにおじゃんになってしもうた民宿開設計画を今ここで復活する!そしてお前達はここにおる田中君の“あしすたんと”として、民宿を切り盛りするのじゃ!」
 意気込んで語る先生、瞳を輝かせる狐と狸達。
 ただ目つきの悪い例の狐だけが表情を変えなかった。
「俺は忙しいと言っているじゃないですか。何故俺がこんな人間風情と一緒に民宿なぞ」
「人間風情とは何だ」
 さすがにむっとくるぞ。
 貴様なぞ俺の手で毛皮にすることもできちまうぞ、あん?
「なにか文句があるような顔だな。なら聞くがおまえは化ける事ができるのか?」
 俺がムッとした顔全開でいると、目つきの悪い例の狐が俺をぎろりと睨んだ。
「化ける?」
「そうだ!」
 大声を出すやいなや、その狐は煙に包まれた。
 なんだこれ、どこかで見たようなシーンだぞ?!
「俺は人間にだってなる事ができる」
 そして目を瞬く俺の前には身長2メートル近くある目つきの悪い長身の若い男が立っていた。
「おぉ、こりゃぁ、すごい」
 俺は感激した。
 本当に狐は化ける事ができるのか!
「何がすごいだ。少しは驚け」
 彼は何か面食らったような顔をすると、するすると狐の姿に戻ってしまった。
「なんだ、つまんね」
 俺の言葉に彼はぎろりと人睨みきかせたが、俺が口を開く前に先生が口を出した。
「これこれ、口喧嘩はそこまでにしなさい。そうじゃ、おぬし達もこやつに自己紹介したらどうじゃ?」
 再び狐達はわやわやと喋くり、一匹の狐が前に出た。
 先ほどの少し年老いたように見える、雌狐である。
「私は”すー”といいますの。得意なことは料理で、民宿での料理は私にお任せくださいねぇ。そうそう私最近韓国のドラマにはまっていましてね。韓流ドラマってあなた聞いた事あるでしょ?最近また新しいのが始まってねぇ、それがまた・・・」
「母さん、田中さんびっくりしてるよ。母さんがこの中で一番年上なんだからしっかりしないと」
 だんだん早口にしゃべり始めたおばさんチックな狐、“すー”の話を遮ったのは、かわいらしい顔をした狐。
 小柄な体を見る限りではまだ子供のようだ。
 左右の耳の長さが違い、左耳が少し短いのが特徴的である。
「私は“すー”の娘、”さん”。化けるのはまだまだ下手だけど、役に立つことがあると思う。よろしく」
「あ、あぁ、よろしく」
 小さい割にはっきりとした物言いだ。
 声をきく限りでは女の子のようである。
 なるほど、娘の教育は怠っていないようだな、“すー”さんよ。
「俺も息子、”あー”っつーんだ。よろしくな!」
 そして次に気さくに声をかけてきたのが、ツンツンと頭の毛が立っている、狐。
 少し細目で、なにやら意地が悪そうな顔をしているが、悪い奴ではなさそうである。
 それにしても“あー”とは変わった名前だ。
 きっと妖怪やその辺での名前の付け方というのは人間界のものとは違うのだろう。
「俺が長男の”いー”だ。ただ俺は店のことで忙しい。おまえの民宿など手伝う気はかけらもないからな。」
 狐達の中で最後に自己紹介したのが例の目つきの悪い狐であった。
 彼は右耳に青いスカーフを巻き、なにやらリーダー格のような雰囲気を出している。
 確かに彼は何から忙しいのかもしれない。
 まぁ、狐と狸が6匹もいれば十分であろう。
 それにしても名前が“いー”とは彼も俺に負けず劣らず可愛そうな名を付けられたものである。
「じゃぁ、次は僕らだね!」
 そして狐達の自己紹介が終わったところで、狸の彼が口を開いた。
「私は、”あん”」
「僕は”どぅー”」
 最初口を開いた彼と、双子のようにそっくりな雌狸が続けて言った。
 彼らはなんと愛らしい見た目をしているのであろうか。
 ふかふかの毛に、まん丸お目目。
 なんと可愛らしい。
 ぜひ、もふもふしたいが、ここは抑えろ、もしや彼らは俺の年上やもしれん。
「んで、俺が”とろわ”さ。三人合わせてあん、どぅー、とろわぁっ」
 とろわのところでふわりと舞い上がるとろわという狸。
 彼がさっきから話に茶々を入れいているやる気のなさそうな目つきをした狸である。
 どこか謎めいているが、しかし、なかなかに楽しそうな奴のようだ。
「よし、それでは、職場に向かうとするかの」
 みんなの自己紹介が終わると同時に、さっきまで不思議なほど静かだった先生が口を開いた。
 こうして俺たちは地下室を出、ぞろぞろと連れ立って町を歩く事となったのである。

非凡レール 2話 1

 俺は大学一回生だ。
 つい最近まで平凡と書かれたレールの上をひた走ってきた。
 ただ、先日の出来事で俺は大きくそのレールを外れ、非凡な道へとまっしぐらだ。
 もちろん平凡な人生っていうのは面白味がないな、と思う事はあった。
 それは認めよう。
 しかし非凡にも度というものがあってだな。

「もう少しで我が家だよ、君。そこにいけばいくらでも仕事をあげよう」
 断じて非凡への第一歩が妖怪と並んで歩く事ではないはずだ。
 なぜ俺はぬらりひょんとのっぺらぼうに両サイドから挟まれているのだ。
 俺が妖怪好きで、とあるドラマのおかげでいくらかリアルな妖怪に対しても耐性ができているから、こうして頭の中はともかく表情だけは平静を保っていられるのだ。

「まだ早いから他の店は開いてないけど、うちは開いてるはずだよ。さっそく仕事だね!兄ちゃん!」
 俺の少し下からまだ幼い雰囲気の残る少年の声。
 見下げればそこにある輪郭に顔はない。
 のっぺらぼうである。
 彼はどうやって話しているのだろう。
「まぁ、そんな不機嫌そうな顔しなさんな。目の前あるものこそ現実じゃ、しっかり受け止めなされ」
 というじいさんだが、俺はできればそのいびつな頭は受け止めたくない。
 失礼に当たるかもしれんがじいさんの大きな頭は気色が悪い、夢に出そうだ。
「おぬし、人の頭をじろじろ見るな」
 じいさんはめがねをキラリと反射させる。
 瞬きをした一瞬のうちにじいさんは頭に手ぬぐいを巻いていた。
 この無駄な素早さ、さすが妖怪。
「やはり朝風呂はええもんじゃのう」
 しかし頭がでかい以外はただのじいさんだ。
 やはり動きはあまり早くない、さっきの手ぬぐいを巻く瞬間を除き。
「そうだねぇ、おじいちゃん。朝は人がいないから僕らだって普通に外に出られるし」
 どうもじいと子供の話を聞く限りではやはり彼ら妖怪は、あまり人目につかないように生活しているようだ。
「人にあまり見られたくないような口振りだな。俺は普通の人間だけど、見られても平気なのか?」
「見られても平気なような人材を頼んだんだ。じゃなきゃ最初から一緒にお風呂に入ったりしないよ」
 のっぺらぼうの少年の言う、人材を選んだ、という言葉。
 そうか、素質というのは妖怪と十分付き合っていけるかどうか、というものだったんだな。

 先日の夜中、ボロアパート内の俺の城、六畳間に不意に誰かがやってきた。
 そいつのノックの音に反応し、ドアの覗き穴を覗くと、そこにはえらく顔色が悪く、なおかつ頬のこけた痩せた男が立っていた。
 死霊のようなそいつに俺は情けない事に思わず腰を抜かしてしまうのだが、そいつはドアを開けてもいないのにいつの間にか俺の部屋の中へ進入していた。
 そして、日付が変わった事により様々な料金を払わず滞納していたマイルームは電気が落ち、俺は不気味な男と真っ暗闇の中二人きりとなる。
 そして男が切り出してきたのが、住処保証付き、引っ越し代立て替えもあり、俺にぴったりの仕事がありますよ、という話だった。
 最初はあまりに胡散臭いので断ろうとした俺だが、仕事を受けようが受けまいがどうせ俺に明るい未来は待っていない、なら当たって砕けろ、一か八かの仕事とやらにチャレンジしてみようではないか、とその仕事を受けると決めたわけである。

 そして今の状況だ。
 俺の昔の夢が妖怪と友達になる事、そして今の夢が妖怪関係の仕事をする事。
 この夢が思わぬ形で叶ったわけだが、残念ながら喜びという感情は湧かなかった。
 喜びというプラスの感情が入り込む余地は俺の心の中には今なかったのである。

「ほれ、ついた。ここじゃよ」
 そして昨日の事を思い返す俺の目前に、ツタの絡むコンクリートでできた箱のような建物が現れた。
「こ、これは・・・」
「ささ、早く来い。わしらの城は地下じゃからの」
「地下・・・」
 口を開けたまま固まる俺をおいて、じいちゃんと少年が正面にあるシャッターには目もくれず、その横の地面の下へと続く階段を下りていく。
 俺は慌てて後を追った。

 薄暗い地下はさすが妖怪の住処、と言えるような雰囲気に満ちていた。
 土足で歩き回れるコンクリートの床にはダイニングテーブルや、椅子、テレビなど、普通の家のリビングのような家具が置いてある。
 隅っこにはキッチンがあり、冷蔵庫や電子レンジなどが設置してあった。
 そして、キッチンの対角線上に小さな座敷がある。
 コンクリートの床から1段上がった場所にその座敷はあり、布団が隅に重ねてあるところを見ると、ここが二人の寝室のようだ。
 広さは四畳半か。
「さぁて、君にはどんな仕事が似合うかなぁ」
 じいさんはその畳部屋へと上がり、小さなちゃぶ台を押入から引っ張りだした。
「そこのダイニングテーブルを使えばいいじゃないか」
 わざわざちゃぶ台を出さなくても。
「おじいちゃんはご飯を食べるとき以外はほとんどダイニングの机は使わないのさ」
 のっぺらぼうの少年が答える。
 彼ほんのり頬がピンクだ。
 目や鼻などの顔のパーツはないけれど、それは見えないだけかもしれない。
 実際は彼の顔には目や口がちゃんと引っ付いているのやも。
 そして彼からじいさんに視線を戻すと、じいさんはいつの間にかなにやら書類のようなものを広げて、それを熱心に見ていた。
 俺がどうするべきかと逡巡していると、少年が靴を脱ぎ座敷へと上がる。
 そして彼はこちらに手招きをした。
 こっちに来いという事だろう。
 俺は座敷の入り口へと近づいた。
「おじいちゃん何見てるの?」
「そりゃぁ、彼にできるどんな仕事があるか、というのをチェックしているんじゃよ」
 とじいさんは少し顔を上げ、こちらを見た。
「少しこちらに来なさい。ほれ、そこへ靴を脱いで」
 ダイニングに電気がついており、その座敷にも小さな電球がほのかな明かりを投げかけているが、やはり薄暗い。
 地下で窓がないせいか。
 薄暗がりに見えるじいさんの頭の不気味さといったらなかったが、俺はじいさんの視線に耐えきれず靴を脱いだ。
 恐る恐る畳に上がると、じいさんは手を振り、俺に座るよう促す。
 雰囲気に押され俺は思わず正座した。
「そうじゃな、とりあえずこの建物について話しておこうか」
「いや、その必要はない」
 俺はほぼ無意識のうちにそう言っていた。
 自分でも驚いたが、確かに俺は説明を受ける必要はなかった。
 なぜなら俺はこの場所を知っている。
「必要ない?じゃが、それじゃと何かと困る事がないかの?」
「いや、俺はここを知っている」
 実を言うと、ここはどう見ても、ゆうすけ君の迷い込んだビルだったのだ。
 ゆうすけ君というのは俺が小さい頃よく見ていた子供向け番組の主人公。
 ドラマ仕立てのその番組には幽霊のゆうすけ君を始め、俺の目の前にいるようなぬらりひょん先生、ゆうすけ君の友達ののっぺらぼう、のっぺくん。
 その他ろくろっ首のむむ姉さんや、化け狐や化け狸などな各種妖怪、いろんな仲間がいた。
 そして、この地下がぬらりひょん先生たちの居城であること。
 1階には例の化け狐と化け狸のリサイクルショップ兼骨董屋があること。
 2階はろくろっ首のむむ姉さんの事務所があること。
 ちなみにむむ姉さんは普通の漫画家として生活している。
 というのもむむ姉さんは首さえ伸ばさなければ、普通の人間と区別がつかないからだ。
「知っている?それは一体どういう事じゃ?」
「知らないのか?じいさん達の事はテレ・・・」
 テレビで見た、と言おうとした時だった。
 不意に背後から何やら物音が。
「なんじゃ?」
 俺の背後を見るじいさん。
 俺も口をつぐみ、振り返った。
 そこにはまたあり得ないはずのものがいたのだ。

非凡レール 後編

(先日更新した非凡レール 前編 の後編です。文芸部にもっていったもの。ただ今続き執筆中)


 俺がゆうすけ君達の事を懐かしんでいると、コンコン、と戸をノックする硬質な音が部屋に響いた。
 こんな夜中に何の用だ。
 壁に掛かった時計を見ると時刻は0時前、そろそろ眠った方がいい時間だ。
 俺はできるだけ物音をたてないように立ち上がり、ドアへと近づく。
 もしかすると家賃とか、その他滞納しているなんたら金やなんたら金の取り立てやもしれぬ。
 
 俺は恐る恐る戸についた覗き穴を見た。
 そして俺はドアの前に達人物の顔を見て、思わず悲鳴を上げそうになる。
 そこにはひどく顔色の悪い、頬のこけた、見知らぬ男性が立っていたからだ。
 その男はきょときょととドアに視線を投げかけた後、フッと覗き穴を見た。
 俺の片目からの視線と彼の視線がばっちりと合う。
 途端男は口の端をにっとつり上げて笑った。
 俺はあまりの不気味さに腰が抜けてしまう。

「な、何だ、あの男!」
「あぁ、僕はリョウといいます」
 俺からは蛙が潰れたらこんな声が出るんじゃないかという声が出た。
 要するに「ぐぇ」と呻いた。
 振り返るとさっきの縁起の悪そうな顔をした男が座り込み、勝手に俺の部屋のテレビをつけているところである。
 ついたテレビからは今日5歳の子供が事故にあったというニュースが流れていた。
 車にひかれたようだ。
 事故現場が俺の通う大学近くの団地である事に少し驚く。

 しかし、男がすぐさまチャンネルを変えた。
 すると画面にいきなり、妖怪はいるのか?!というテロップが移った。
 どこかでみた芸人が薄暗い道を歩いている。
 どこまでも田んぼが続いているその道は、ゆうすけ君のいる街の情景そっくりだった。
 俺は俄然興味が出て、男への警戒心を捨て去りテレビへと近づく。
 男は嫌みな笑みを浮かべたままテレビを見つめていた。
 番組では芸人が恐々とした足取りで画面奥へ消えていき、場面はスタジオへと移動してしまう。
 どうもタイミングコーナーが終わってしまったようだ。
 しかも画面下部にはスタッフ達の名前のテロップが流れ、番組の終わりを告げている。
 しまった、あんな番組してるなんて知らなかった、と思った時だった。

 不意に部屋中の電気が消え、テレビもぷつりと消えた。
 俺はそこでようやく目の前の男に警戒心を抱く。
 そして、それと同時に恐怖も足下から這い上がってきた。

「あなた、妖怪に興味がありますでしょ?」
 暗がりにぼんやりと光る男の目。
 俺は息を飲んだ。
 どうも奴さん、最初から俺が妖怪に興味があると知っていた様子。
 だからあの番組を見せたのだ。
 いったい何者だ、こいつ。
 どうやって部屋に入った?
「あなた・・・いや、田中さん。田中さん今生活に困ってらっしゃいますね?今も日付が変わった途端電気が止まりましたし」
 俺は驚愕した。
 目の前の妖怪めいた男は俺の名前まで知っているではないか!
 しかし電気を止めたのも目の前の男の魔力かと思っていたが、それは違ったようだ。
 どうも日付が変わってしまったのを皮切りに電気が止まってしまった様子。
 きっとガスも水道も止まっている事だろう。

「実は妖怪好きのあなたにぴったりの仕事があるんです。しかも生活の保障付き」
「何?!それは本当か!」
 いや、待てよ。
 そんなおいしい話がそんじょそこらに転がっているはずがないではないか。
 しかし目の前の男は何やら妖怪の世界とつながっているような気がする。
 見た目しかり、俺のことをなぜか知っている事しかり。
 もしかするとこの不気味な男こそ妖怪やもしれない。
 しかし、のこのこ妖怪についていってしまうのはいかがなものか。
 そんなもの妖怪に自ら食われに行くようなものではないか。
 しかし、このままいたところでどうせ明るい未来は待ってはいないのだ。
 文無しの俺は働く力もなく、飢えて死んでしまうに違いない。
 嗚呼、どちらに転んでも待っているのは地獄だけである。
 しかし食われて死ぬよりか、食えずに死ぬ方がまだいいのではないか。
 せめて人間としての形を保ったまま死にたい。
 そして無念の思いでゆうすけ君として復活するのだ、うむ、それがいいのではなかろうか。
「あなた、何か良からぬことを考えているんではないでしょうな。死ぬなんて考えるものじゃありません。あなたに死んだ後のことの何がわかるんですか」
 なにやら妙に迫力のある声で俺は押されてしまう。
 何だ、こいつは俺の心の中まで読めるのか。
「私は暗いところでも全てはっきり見えるのです。あなたの表情はなにやら私にとって都合の悪いことを考えているような顔です」
「都合が悪い?」
「死ぬ、とかそんなことです」
「ふむぅ」

 俺は唸るほかなかった。
 どうすればいいのだ。
 死ぬなというのは実家に帰れということか。
 しかしどの面下げて帰れというのだ。
 ひたすら偉そうな口をたたき、自立宣言を出して家を出たというのに、半年も立たずに帰ってくるとなればとんだ笑いものではないか。
 そんなことがあれば恥ずかしさで俺はのたれ死んでしまう。
「そもそもおまえは何者だ。どうやって部屋に入った」
「私はリョウといったじゃないですか。それとですね、あなたは私の謎と、仕事についてとどちらを聞きたいんですか。謎と生活どちらをとるんですか」
 謎と生活?
 そんなもの生活の方が重いに決まっているだろう。
 謎解きじゃ飯は食えない。
 探偵じゃあるまいし。
「やはり生活をとりますよねぇ、どうします?あなたにぴったりの仕事なんですけど、お受けになります?」
「受けます?って君、どんな仕事かもわからないのにイエスというわけがないだろう」
「いや、それがですね、その仕事ちょっと変わってまして、イエスと言ってもらわないと詳細をお話する事ができないのですよ」
 ヒヒヒ、と気味の悪い笑みを浮かべる男。 
「何だと、そんな胡散臭い話俺が良いというとでも・・・」
「じゃぁ、あなた明日からの生活はどうするんです?何か当てがあるんですか?それともすごすご実家に帰るんですか?」

 俺は唸った。
 しばらく唸り続けた。
 男はそんな俺を笑うでもなく静かに見守っている。
 一体こいつは何者なんだ。
 こんな奴に付いていって大丈夫なはずがないじゃないか。
 見るからに胡散臭い。
 付いていったら怖い兄ちゃんにどこか連れていかれるとかそんなことがあり得なくもない。
「あなた、何か誤解してませんか?人は見た目で判断できるものじゃありませんよ?」
「それはそうだが、見た目も大事だ」
 俺がすかさず言い返すと男は盛大にため息を付いた。
「あなたどうせ、このままこの家に籠もっても、家に帰っても、明るい未来は待っていないでしょう?それならいっそ私の進める仕事にきてみたらどうです?少なくともこちらの未来の方が明るいはずですよ」
 そうは言ってもだ。
 付いていった先に何が待っているとしれないのに、のこのこと付いていけるはずがないではないか。
「何がそんなに心配なんです?何度も良い話だって言っているじゃぁないですか」
「本当か?命は保証されるのか?苦しかったりしないか?」
「あなた、やっぱり何か勘違いしてらっしゃいますな。そんな危険な場所につれていくわけがないじゃないですか」
「おまえのその様子を見ると幸せは待っていないように見える」
 今は真っ暗で相手の様子は見えないが、あのドアの前に立っていた様子を俺ははっきりと思っている。
 頬はこけていたし足も腕も細いし、顔色は悪いし、まるで死霊のようだった。
 リョウっていう名前ももしかしたら霊って書いたりするんじゃないか?こいつ。
「私の見た目は関係ないんですよ。私が働いている場所とあなたに勧める場所は違います」
「しつこいな、おまえも」
「どうせあなたはどんな道を選んでも明るいといえる道になんて行けないんですから。ここは私のいう仕事に挑戦してみましょうよ。少なくともあなたはそれで平凡な人生から光輝く美しい人生へと生まれ変わることができますよ」
 ふふふ、とまたも不気味な笑い声を出す男。
「・・・何故、俺なんだ」
「素質、ですよ」
「素質?」
 男は俺の質問には答えない。
 また嫌みな笑いを浮かべるだけだった。

「いい加減観念して、イエスと言いましょうよ。今なら跡を濁さずここを去らせてあげますよ。住む場所も保証されます。今なら引っ越し代もタダ、引っ越し準備から何から面倒なことは全部私たちが無償でやって差し上げます。仕事を受けてくださるのならね」
 俺の体に衝撃が走った。 
 何度も言うが聞く限りでは、何と良い話だ。
 住む場所保証付き、引っ越し無料、俺にぴったりの仕事、俺に素質のある仕事、平凡な人生から輝く人生へ!!
 そうだ。
 この話を断ったとして、一体俺はこれからどうなる?
 どこに行ったって輝かしい未来などない。
 これこそ当たって砕けろ。
 あの子に告白したときの勇気を思い出せ。
 今度はイエスと言えば良いだけなのだ。
 イエスとさえ言えばこの絶望の淵から逃れることができるのだ。
「さぁ、決心されましたか?」
「あぁ」
 俺はやる!
 平凡レールから俺は飛び出すのだ!
 これは転機であり好機なのだ!
 輝ける未来を俺はこの手につかむ!
 
   :

 こうして俺は男の運転する車に揺られて、仕事場という新天地に連れていかれることとなった。
 男は結局仕事についての詳細を話そうとせず、俺も質問責めをする前に眠気に襲われ、窓の外を見慣れた建物が流れていく中、深い眠りへと落ちていった。

 そして俺は見知らぬ部屋の中で目覚めた。

   :

 もう思い出したくない。
 あの目覚めたときのことはもう思い出したくない、抹消したい、実家に帰りたい。
 おかんの肉じゃがを食いたい、家のせまい湯船に浸かりたい、断じてドラム缶風呂でなく。
 俺は場違いなほど美しいご来光を眺めた。
 何故俺が冒頭で述べたようにぬらりひょんとのっぺらぼうと並んでドラム缶風呂に浸かっているかは、読者諸君のご想像にお任せする。
 ただ、俺は確かに、俺に合った仕事というのに就けたのだ。
 それは本当に確かである。
 そして俺に素質があるという男の言葉に頷けない事もない。
 こんな仕事俺のような人でなければ、裸足で逃げ出す、何か精神的な病気になるなど良からぬ事が多数起こるに決まっているのだ。

「そんじゃ、兄ちゃん、一夏よろしく」
 
 そして俺はこの夏色んな事がうまい具合に絡み合い、俺の平凡レールをひん曲げてくれちゃたことで、妖怪達の元で毎日日替わりで何か仕事をすることとなった。
 ぬらりひょんのじいちゃん、のっぺらぼうの少年、死霊のような男、ろくろっ首のお姉さん、他にも様々な面子のもとで働くのだ。
 俺が今後一体どういう仕事をして、なにと出会うのか、それはまた次の話だ。
 ただ俺の、妖怪と友達になる、妖怪関係の仕事に就く、という夢は同時に、そしてあっさりと叶った。

非凡レール 前編

(部活で”のっぺらぼう”、”ドラム缶”、”俺は普通を愛しているんだ(アイ ラブ 普通 でも可)”というお題の元書いた小説の前編。長くなったので前後編に分けます。そしてそれでも完結しなかったのでこの話はまだ続きます)


「俺は普通を愛しているんだ!!話が違うぞ!こんな事になるくらいなら実家にすごすご帰った方がマシだぁあぁあぁぁ!!」
 という俺の叫びは地平線に覗くありがたいご来光に吸い込まれてぽつんと消えた。

「こらこら、そんなに叫ぶと喉を痛めるよ」
「そうだよ?普通よりちょっと刺激的な方が人生は楽しいって姉さんが言ってたし」
 今の俺の状況は常軌を逸するものだ。
 聞いて驚け。
 今俺は今時珍しいドラム缶風呂に浸かっている。

 そして俺の左右にもドラム缶が並んでいる。
 俺の右隣のドラム缶風呂に浸かっているのは、しわくちゃな顔に異様に長い頭を持っている気色の悪いじいさん。
 もしかしたらぴんとくる人もいるかもしれないが、このじいさんは今時あり得ない生き物。
 そうだ、そのじいさんはいわゆる妖怪”ぬらりひょん”。
 そして左隣にいる少年には顔がない。
 いわゆるのっぺらぼう。
 俺は大学一回世の夏休み、何故かぬらりひょんとのっぺらぼうの二人と並んでドラム缶風呂に浸かっていた。

   :

 俺は平凡だ。
 平凡と書かれたレールの上をただひた走っているだけだ。
 しかしそうはいっても俺は普通が好きである。
 I LOVE 普通ってなもんだ。
 しかし。
 大学一回生にもなれば、このままでいいのかと悩みたくもなる。
 今まで通ってきたどの学校の通信簿の評価もほとんど3で希に4。
 テストの点だって平均点の少し上辺りをふわふわ。
 テレビもみんなが見ているようなものばかり見て、俺が読んだマンガはみんな知っていた。
 雑誌だってみんなが読むゲーム雑誌くらいしか読まないし、服装だってぱっとしない。
 顔だって、中の中、イケメンでも不細工でもない、地味な顔。
 持ち物もみんなと似たり寄ったり、よくどこかで見たような顔だと言われ、名前も田中。
 体つきだって平均的、気管支が少し弱い以外は身体能力も平均的。
 食べ物の好みだって平均的だった。

「やっぱ、肉だよな」
 俺は一人窓に向かって言ってみた。
 もちろん窓は何も返してくれない。
 帰ってきたのは空しく響く俺の声。
 明日には電気もガスも水道も全部止められる。
 家賃だって今月分払ってない。
 この隅っこの方にはカビが生えかけているけれど、住み心地のいい六畳間を出て行かなくてはならないかもしれない。
 俺は目の前の特大手作りハンバーグを頬張った。

 さっきも言ったように俺は大学一回生である。
 大学に行く事になり俺は一人立ちをした。
 勉学に励む一方バイトに勤しみ、それなりに順調な日々を送っていたのだ。
 その頃の俺は今のような生活、暮らすのに必要なものが全てなくなる生活になってしまうとは思いもしなかっただろう。
 何故、このような事になってしまったのか。
 それは己が心と、彼女の心のせいである。

 俺は中1の頃とある女の子に一目惚れした。
 彼女は美しいショートの黒髪、くりくりとした可愛らしい黒目がちの瞳、色白でほんのりピンクの頬、少しふっくらした丸顔に、平均より少し、いやだいぶ小さな背丈。
 彼女は俺の心を鷲掴みにした。
 心を鷲掴みにされるとは一体どんな事か、そんな事あるのか、と思っていた俺はバカ野郎だった。
 苦しかった。
 それから俺は彼女を見かければふらふらと追いかけそうになり、いかんいかんと首を振り。
 彼女に話しかけられるような事があれば、頭の中が煮えたぎり、さながら完熟トマトの如く。
 俺は彼女に話しかける事さえままならぬまま、中学を卒業した。

 俺はその後悔いに悔いた。
 何故もっと話しかけなかったのか、何故彼女に近づいていかなかったのか、何故告白しなかったのか!!
 ま、いきなり告白しても引かれるだけだ。
 やはり、お近づきにならなければ。
 しかし、今や学校を卒業し、彼女と会う事はまずないだろう。
 本当に運命の赤い糸かなんかで結ばれてでもいない限り俺は彼女と再び会う事なぞない。
 
  何故そんなにはっきりと彼女との再会がないと言い切れるのか。
 それは俺が選んだ高校がかなり変わった場所であったからだ。
 彼女のような清楚で、将来輝かしい未来が約束されているような人が行くべき学校ではなかった。
 いや、その学校自体は悪くないのだ。
 自由度が高く、とんでもなく賢い人から、あら、今まで学校通ったことなかったの?なんて人まで幅広く通える学校なのだ、そこは。
 レベルの高い超難関の大学に行く人もいたし、そんな名前聞いた事ねぇよ、っていうかなり胡散臭い学校に行くものもいる。
 そして何故俺がその学校に行くことを決めたのか、それは俺の夢をよりはっきりしたものにするためだ。
 
 そしてその高校、名を出勝(デイショウ)高校というかなり変わった名前だ。
 勝者が出る、という意味合いを込めて名づけられたらしい。
 確かに名付け親の思惑通り、人生の勝者と呼べる学生たちを多数この学校は輩出している。
 しかし、人生の負け犬と呼べる輩も同じくらい排出していた。
 誰が呼んだかその高校、別名・泥沼校とも呼ばれている。
 泥沼を無理矢理音読みするとデイショウとなるからだ。
 よくそんなもん考えたもんである。
 その出勝高に通えばどちらか一つしかなかった。
 勝者になるか、泥沼に沈むかのどちらかだ。
 沼に片足だけ突っ込んで前に進むという中途半端な道はなかった。
 どちらか一つ。
 その学校に通うからには相当な努力をしなければ、そしてそれ相応の才能がなければ、泥沼行き。
 しかし、がんばれば確実に勝者になれる。
 
 入学当初は皆、やればできる、きっと私も勝者になれると思っていた。
 俺だってそうだ。
 俺は妖怪関係の仕事、という限りなく漠然とした仕事をはっきりさせるため、その場へ乗り込んだのである。
 ここで、おや、と思う人も多い事だろう。
 おや、どころか、えぇ?!といったところだろう。
 何だ、妖怪関係の仕事とは、と思う人がきっとほとんどだ。
 俺だって妖怪関係の仕事とは何か聞きたい。
 しかし俺が唯一平凡でない場所、非凡な場所がそこであった。
 俺は唯一の非凡ポイントを決してなくしたくはなかったのだ。
 一つくらい普通じゃないところがあってしかるべき。
 俺はその非凡極まりない場所をどうにか保護すべく、人生を非凡ポイントに集中させたのである。
 俺の小さい頃の夢は妖怪とお友達になる事だった。
 
 俺が小さい頃。
 小学1年生の頃だったか。
 両親は共働き、小さいながらも意外としっかりしていた俺は夏休み中は一人で留守番をしていた。
 もちろん大抵どこか遊びに行ってはいたのだが、朝は暇だった。
 小さな頃から俺は朝にはあまり強くなかったのである。
 夏休みに入ったばかりの頃はラジオ体操のために早起きしていた俺だが、8月に入るとラジオ体操はなくなり、俺は毎日あまり早くない時間に目覚めた。
 しかしまだ時間は午前中、小さな子供が見るような番組はあまりなく、俺は毎日教育番組のお世話になった。
 そして俺が一番好きだった番組が、”幽霊ゆうすけ君”という番組だった。
 ドラマ仕立てで、主人公のゆうすけ君 ――― タイトルにある通り彼は幽霊である ――― と彼を取り巻く妖怪達のお話。
 彼はとても小さなビルのような形の建物に暮らしており、ビルの2階では、漫画家であるろくろっ首のむむ姉さんが事務所を設けており、1階では化け狸と化け狐がリサイクルショップ兼骨董屋を営み、地下ではぬらりひょん先生とゆうすけ君、そしてゆうすけ君の友達、のっぺらぼうののっぺ君が住んでいた。
 その話はゆうすけ君がそのビルに迷い込んでくるところから始まり、ビルの住人達と絆を深め、ゆうすけ君が様々なことを学ぶ、という内容。
 学ぶ内容は子供向けで、交通ルールの話についてとか、万引きについてだとか、道徳的な内容であった。
 
 小さかった俺は食い入るようにそれを見、是非とも妖怪達とお友達になりたかった。
 しかし俺はゆうすけ君が住んでいるような片田舎ではなく、バリバリの都会に住んでいるため、彼らのような妖怪と出会う機会などなかった。
 俺はいつか妖怪に会うんだ、という夢を抱いたまま、成長したのだが、いつしか現実を知った。
 妖怪など存在しない。
 それが現実だった。
 幽霊はいるかもしれない、俺はまだそう思ってはいる。
 しかし、妖怪はいない。
 もしかしたら昔はいたかもしれないが、今はきっと絶滅してしまったのだ。
 都会はどこに行っても明るかった。
 妖怪が出てきそうな暗い場所などない。
 
 しかし俺はせめて妖怪に関する仕事に就きたかった。
 妖怪は忘れ去られた存在ではない。
 今でも妖怪を題材にした小説やらマンガは沢山あるし、映画だってある。
 なので、俺は妖怪を使って作品を作る、またはそんな人の手助けをする仕事に就きたいと思った。
 なので、泥沼覚悟で出勝高校に入ったのだ。

 そして奇跡は起きた。
 といっても俺が晴れて勝者になった!というわけではない、別の意味での奇跡だ。
 そう、なんと来るはずがないと思っていた彼女が、俺の心を鷲掴みにしたまま離さなかった彼女が、同じクラスにいたのだ!!
 俺は心躍った。
 高校生にもなって廊下をスキップし、気味悪がられた。
 しかし、有頂天な俺はそんな周囲の目など毛ほども気にならなかった。
 俺は運命の赤い糸を信じた。
 赤い糸?はっ、そんなものあるわけがなかろう、と思っていた俺は完全なる阿呆だったのだ。
 
 そして俺は今度こそ後悔しまい、と彼女にできるだけ近づいた。
 好きな事何?どんな芸能人が好き?どんな音楽聴くの?といった風にいろんな事を聞き、彼女が好きだと言ったものはどれも好きになった。
 そしてついにメルアドも交換した。
 彼女の好きなものに続々手を出していた俺は彼女とばっちり息が合い、彼女の親友に近い座についたのだ。
 それが高校2年生になった時だった。
 そして、俺はそのまま絆を深め、春、彼女に告白した。
 俺は後悔しないと決めたから思い切って行動に出たのだ。
 当たって砕けろ!
 俺は本当に砕けてもいい心づもりで彼女にぶつかった。
 そして、俺は彼女に受け止めてもらったのだ。
 俺は幸せだった。
 しかし、俺はその時幸せに目が眩み彼女の変化に気づいてはいなかった。

 高校3年の卒業式。
 彼女も俺と同じ大学に行く事になっており、俺はまだふわふわしていた。
 そう、結構いい感じの大学に行け、好きな子と付き合っている、俺は勝者だ、努力は報われたのだ。
 しかし勝者だと満足する一方、何か引っかかるところがあった。
 彼女は最近なかなかメールを返してくれないし、態度が素っ気ない。
 昔と比べて、口調も変わってきたし、色白だった肌もいつの間にか少し焼けた気がする。
 最近メイクもするようになってきたし、髪も茶色がかってきたような。
 ついでに最近彼女の友達も様子が変わってきている。

 俺はその時点で彼女にストップをかけておくべきだった、と気づいた頃にはもう遅かった。
 大学一回生になった俺は親の元を出て、一人暮らしを始めた。
 大学に入学する日、彼女の姿はなく、俺は少し心配した。
 心配するメールを送ったが返信はない。
 彼女は相当体調が悪いのかと、俺はいくつかねぎらいの言葉を綴ったメールを送り、その後はバイトと勉学で多忙だったため、彼女からずっとメールが来ていない事に気がつかなかった。
 
 そしてそのまま、夏休みを迎えようとしている。
 夏休みに入る一週間ほど前、俺はコンビニでバイトしていた。
 夜遅くうつらうつらする頭を降り降り、客が一人もいない店内で陳列棚の整理をなんとなくしていた。
 そこへ客の入店を知らせる音が聞こえた。
 レジにいる同僚が眠たげにいらっしゃいませぇ、と声を上げる。
 そして俺は棚の陰から見た。
 それは、見た事もない金髪で色黒の男性と、べたつく彼女の姿だった。
 そう、俺の彼女が見知らぬチャラ男といちゃついている。
 そして彼女の姿は豹変していた。
 短くさっぱりしていた髪は長くぐるぐると渦を巻き、美しい艶のある黒だったその色は、パサパサと痛んだ金髪へと変わり果てていた。
 彼女のふっくらした白い肌はおでんのつゆが染みた卵のように茶色く変わり、顔にはゴテゴテとした思わず目を逸らしたくなるような濃い化粧がしてある。
 そして彼女は今まで俺と付きあっていた時に聞いた事もないような高くて甘ったるい声を上げ、隣のギャル男にべたべたする。
 
 俺はもう見ていられなかった。
 彼女らに見つからないように俺は店内のトイレへと駆け込んだ。
 肺が苦しい。
 息がしにくい。
 嘘だ、こんなの嘘だ。
 しかしどんなに嘘だと言いたくても、あのつぶらな黒目がちの目と、丸顔、そしてどんなに高くなろうともあの声は彼女のものだった。
 そして何よりあの身長は彼女だとしか考えられなかった。
 
 こうして俺はバイトを全て辞めた。
 俺は荒れた。
 一人カラオケに籠もったり、暴飲暴食の限りを尽くしたり、ゲーセンで遊び惚けた。
 あっと言う間に貯金はなくなり、払うべき金は払えなくなり、今の状況に至る。
 
 俺は最後の晩餐ともいえるハンバーグを平らげ、畳の上へと転がった。
 もう何も思い残す事はない。
 死んじまったら幽霊にでもなってゆうすけ君2世としてでも生きて・・・や、もうゆうすけ君になったという事はつまり死んでるって事か。
 まぁ、死んだ上でゆうすけ君として暮らすのもいい。
 
 そういえばゆうすけ君の最終話だけ記憶が曖昧だ。
 夏休みになる度にゆうすけ君は再放送され、土、日を除き毎日放送された。
 そしてその最終話はゆうすけ君がなんだかんだで成仏する話だ。
 俺は小1の頃その最終話を見て、嘆き悲しんだ。
 もうゆうすけ君とその仲間達には会えないのか。
 そんなのはイヤだと泣きじゃくった。
 それ以来俺は最終話だけ見なくなった。
 そして、ゆうすけ君と過ごす夏は小学6年まで続いたのだ。

プロフィール

yamattulann

Author:yamattulann
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。